イン ザ・ミソスープ – 村上 龍

気になっていた作品を一気に読んだ。一文が尋常でなく長い。句点(。)の代わりに読点(、)を用いて延々と一文を続けていく。

おれは昔から、ものごとを悪いほうに考えるやつだ、悲観主義者だ、と友達からよく言われてきた。親父が早い時期に死んだことが影響していると思う。親父が死んだのはやはりショックだった。最悪なことは自分が関知できないところで進行していてそれがあるとき突然に姿を現す。そしてそうやって現実になったときにはほとんどのことはもう手遅れなのだ。親父の死からおれはそういうことを学んだ。

そういうばかげた、それでいてシリアスで、人間の悪意に関わることは大切な人には言いたくない。

悪意は、寂しさや悲しさや怒りといったネガティブな感情から生まれる。何か大切なものを奪われたという、からだをナイフで本当に削り取られたような、自分の中にできた空洞から悪意は生まれる。

知ってるかね、ストレスがない場合は睡眠は必要ないんだ、睡眠というのはからだではなく、脳を休ませるためにあるんだ、からだの疲労だったら横になっていれば回復できる、だが脳は睡眠以外では回復しなくて、眠らない状態が長く続くと人間は凶暴になる、どこまでも凶暴になることができる

「要するに、セックスなんだ、彼らが目指したのはセックスなんだね、あらゆるアブノーマルなセックスだ、アナルセックスやスカトロジーや死体とのセックスだね、もともとは聖地エルサレムを守る聖堂騎士団が、アラビアの異端宗教に触れたことから始まるのだが、十四世期にはね、騎士団への入会式のときに、新しい入会者は位が高い人のアナルに接吻することが義務づけられていたらし、彼女はこういう話でどきどきするんじゃないかな、ローリング・ストーンズも一時悪魔崇拝に凝っていたんだよ、彼女はローリング・ストーンズが好きそうなタイプだものね」

おれは、どうして誰もがこれほど嘘つきなのだおると思った。まるで誰もが嘘をつかなくては生きていけないように見える。

おれは、フランクの横で、そんなことを考えている場合ではないとわかっていながら、どうやったらマキをコケにすることができるだろうと考えていた。それで、コケにする方法はまったく見つからなかった。このてのバカ女には、無知という強いバリアがあて、おまえがバカだと正確に指摘しても、バカって何? で終わってしまうのだ。

この外人に意志を伝えなくてはならない、と思った。何か言うのと、伝えるというのは違うのだと初めてわかった。

イヤなやつはイヤな形でコミュニケートしてくる。人間が壊れている、というとき、それはその人のコミュニケーションが壊れているのだ。その人間とのコミュニケーションが信じることができないときに、そいつを信じられないやつだと思う。

日本人はどこか他の民族に国を占領されたり、虐殺されたり、国を追われて難民になったり、独立するために多くの人が死んだりという歴史的苦難を味わっていない、前の戦争でも戦場になったのは中国や他の東南アジアの国々や太平洋の島々や、それに沖縄だけで、日本の本土は単に空襲にあっただけだ、目の前に敵が現れて肉親を殺されたり、犯されたり、違う言葉を強要されたりしていない、ヨーロッパも新世界も基本的にはそういう侵略と混血の歴史を持っていて、それが国際的な理解の基本になっている、だからこの国の人は外国人に対して排他的なんだ、どうつき合えばいいのかわからない、歴史的に、外国人とリアルに接したことがないんだよ、アメリカ合衆国の場合を除けば、そんな国は世界中で日本しかない、とそのレバノン人の新聞記者は彼女に教えてくれた

タイ王国も植民地になっていない国であるが、この文脈ではあたらないのか。

外を歩けるようになると、ぼくはすぐに迷子になった、まるで迷子になるために歩けるようになったような感じだな、とパパに言われたことがあるよ

人間は想像する、あらゆる動物の中で、想像力、を持っているのは人間だけだ、他の大型獣に比べて圧倒的に非力な人間が生き延びていくためには、想像する力が必要だった、機器を回避して生き延びていくためには、予測、表現、伝達、確認、などが絶対に必要で、それを支えるのは想像力だ、われわれの祖先は、ありとあらゆる恐怖を想像してそれらが現実になるのを防ごうとした、だから、現代の人間達にもそういう想像力が残っていて、それが、ポジティブに発揮されれば、芸術や科学を生むし音がディブに発揮されるとそれは必ず恐怖や不安や憎悪という形になって、われわれ自身に返ってくる

大丈夫、正常だ、精神が健康的な人というのは、ある程度の混乱と矛盾を抱えているもんなんだ、好き嫌いが石とか鉄みたいに固く安定してしまっている人のほうが危険だ、振り子がどちら側に振れるかわからない、迷いがあっていつも悩んでいるという状態でみんな生きているんだよ、それが正常なんだ

確かに、意味として、長く生きることと死なないことは同じことだ。

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