感覚について: ヴィパッサナー実践の道しるべ – アルボムッレ・スマナサーラ

自分の感覚とは異なる部分もあったが、仏教や瞑想など自分を高めて、より楽に、より良く生きられる自分を作り上げる。

ある一定の仕事、とくに妄想なんかする場合は、かなり「脳の中」でしています。それはありありと頭の中に感じるはずです。しかし、きちんとした論理的な思考の場合は、脳を使っている感じはあまりしません。パッパッと答えが出るだけ。だから妄想する人びとは、かなり脳が病気なのです。それで体も病気になって、治らなくなる危険がありますから、気をつけたほうがいいのです。
言ってることに極端な所があるよな。
私が食べたかったら「おいしい」と認識するし、食べたくなかったら「べつにおいしくない」と認識する。私がこの人といっしょにいたかったら、「すごく優しい人だ」と言う。別れたい場合は、「すごく乱暴な人だ」と言うし、「失礼な人だ」とも言う。すべて「(私の)都合」によります。だから、一人の人間が親切な人になるか、失礼な人になるかは、相手しだいなのです。
現代社会で冥想したがる人というのは大体、あまりにいい加減な生き方をしてきて、社会の中で負けてしまったような人々でしょう。
ちっともそんなことないだろう。逆に一生懸命に生きているから、瞑想したがる人だっているだろう?

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