羅生門 蜘蛛の糸 杜子春 外十八篇 – 芥川龍之介

羅生門、鼻、芋粥、蜘蛛の糸、杜子春、秋、河童が好みであった。全体的に短編だし、僕には文体に癖がないように感じて読みやすい。
話の並びがだいたい発表順になっているよう。最後の歯車の終わりはこういうものだ。「僕はもうこの先を書き続ける力を持っていない。こういう気もちの中に生きているのはなんとも言われない苦痛である。だれか僕の眠っているうちにそっと絞め殺してくれるものはないか?」そして自殺。

ちなみに、この投稿の引用からは、音声入力を使ってみている。

人間の心には互いに矛盾した二つの感情がある。勿論、だれでも他人の不幸に同情しない者はない。ところがその人がその不幸を、どうにかして切りぬけることが出来ると、こんどはこっちでなんとな物足りないような心もちがする。少し誇張して言えば、もう一度その人を、同じ不幸に陥れて見たいような気にさえなる。

犍陀多(かんだた) 蜘蛛の糸に出てくるこの名前は、ドラクエIIIのあのカンダタの名前は、ここからきたのだ。

なに、贅沢に飽きたのじゃありません。人間というものに愛想がつきたのです。

大金持ちになればお世辞を言い、貧乏人になれば口も利かない世間の人たちに比べると、なんと言うありがたい志でしょう。何と言う健気な決心でしょう。

御免遊ばせ。

夫の酒臭い寝息に苦しまされて、ほとんど夜中まんじりともせずに、寝返りばかり打っていた。

頁をはぐりながら、

当日は午(ひる)少し前から、ちらちら白い物が落ち始めた。

今ではある雑誌社の二階に、校正の朱筆(しゅふで)を握っている。

「チチニウイン」の電報を受けとり、

「河童橋」

たしか槍ヶ岳に行く途中に通ったな。

トックは自由恋愛家ですから、細君というものは持たないのです。

『正直は最良の外交である』とはビスマルクの言った言葉でしょう。しかしロッペは内治の上にも及ぼしているのです。

『汝の悪は汝自ら言え。悪はおのずから消滅すべし。』

キネマ

最も賢い生活は一時代の習慣を軽蔑しながら、しかもそのまた習慣を少しも破らないようにくらすことである。

哲学者マッグの書いた「阿呆の言葉」の中の何章か。

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