白痴 1 – ドストエフスキー

ずっと読みたくて新潮版が本棚にあったのだが、いよいよ読んでみようという気になって、どうも文字が小さいのが気になり調べてみると河出書房のものが読みやすいとあったので書い直して読み始めた。実際に新潮のものを読んでいないが、これは読みやすかった。

カラマーゾフの兄弟と同じように登場人物が多く、名前も親しみのないものだったので、人物相関図を作りながら読み進めるのが楽しく、少しずつ読み進めるとのめり込んでいった。登場人物の思考が疑り深く、浅はかな感じがしなく、人間模様が面白い。


読みながら作成した人物相関図です。お使いください、もしも使えるようであれば。

その結果ご面会いただければよろしいですし、いただけなければそれもまた結構、いやひょっとして大いに結構かもしれません。

まったく関係ないが、菊地成孔が「結構、結構」言った後に、山下達郎のSPARKLEが流れたのが最高だった。

ええ、時間は許しますとも。ぼくの場合、時間は全部自分のものなのです。

彼女はおおむね孤独に暮らしており、書を読み、勉学にまでいそしみ、音楽を趣味としていた。交友関係は狭く、いつも親しくしているのはどこかの貧しくて風変わりな役人の妻たちで、他にも何とかいう女優が二人と、どこかの婆さん連中とつきあいがあった。

確かに今の自分は辛く寂しい、とても寂しい気持ちでいる。つまりトーツキーさんが言い当ててたとおり、自分は愛情とはいわぬまでも、せめて家庭を得ることを新しい目標として、よみがえるることができたらと願っているのだ。

少なくとも自分は何事につけ、何人の許しも請うつもりはないし、人にもそのことを知っていてもらいたいと思っている。

だが気弱な人間の常として、彼も時々にわかに元気を取り戻し、みるみる勢いづく瞬間があった。

ぼくははじめめからおまえが悪い女なんて少しも思っていなかった。ただ不幸せな女だと思っただけだ。

ぼくは白痴扱いされているけれど、本当は賢いんだ。ただみんなにはわからないんだ……

ぼくは人づき合いが苦手なものですから、ひょっとしたら次にお邪魔するのはうんと先になるかもしれません。でもどうか悪くとらないでください。決して皆さんを軽んじて言っているわけではありませんし、何かでぼくが気を悪くしたなどともお思いにならないでください。

ある種の人たちによく見られることだが、いったん相手を罵倒して何の反発もないと見ると、ガブリーラは次第に遠慮会釈なく罵詈雑言を浴びせるようになってきた。

「水をお飲みなさい」彼はガブリーラにささやいた。「それに、そんな目つきをしてはいけません……」

ぼくのほうは彼ほどには恥ずかしさを感じません。だってぼくの場合は父親の問題なのに、彼の場合は母親でしょう。これはやっぱり違いますよ。だって男性の場合にはあんなのも恥というわけではないですから。でもこれもひょっとして、両性間の支配関係に関する偏見でしょうか。

だいたいここには誠実な人間がおそろしく少なくて、尊敬できる相手など皆無です。だからどうしても人を見下すようになりますが、相手はそれでも尊敬を要求してくる。

しかもこの女性はどうやら、おつむの弱さと顔の綺麗さが比例しているような按配だったのだ。

「ご存知ですかとトーツキーさん、噂によると、日本人もよく同じようなまねをするそうじゃないですか」ぷちーツィンがそう話しかけていた。「日本では、侮辱された人間が侮辱社者のところに行って、こう言うそうですよ。『お前は私を侮辱した。だから私はお前の目の前で腹を切りに来た』そしてそう言うとともに、本当に侮辱者の目の前で自分の腹を切り裂いて見せみせ、しかもそれで実際に敵討ちをしたのと同じような極度の満足を得るのだそうです。まったく世の中にはいろいろ変わった正確があるものですね、トーツキーさ」

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