すべては神様が創られた – 文・奥田 知志、絵・黒田 征太郎

絵担当の息子さんからいただいて。

事務所が新しくなり、本やcdを整理している。
積読がひどいので、読まなそうな本や読んだ本は片っ端から処分して、残っている本も順番に読んでいくつもり。どこまで読めるのか。本も音楽も映画も、残りの人生でどれだけやれるのか。数をこなせばいいわけではないが、更に変わっていきたい。そのために勉強をすること、新しい人と出会うこと、創作をしていくこと。

ピーターラビットのおはなし

子供の頃ピーターラビットが好きで、あの有名なポーズの絵をソラで描けたことがあったように記憶してるけど、この前世田谷美術館に120周年の展示を見に行くと、他の動物や自然や果物や野菜、人の姿と一緒になっている群像絵がとても良くて、こういうのをマンガのキャラでやりたいと思って買っておきました。

マンガ脚本概論 漫画家を志すすべての人へ

新しさ、共感

人間にはもともとアイデアを結び付けずにはいられないという独自の能力が備わっています

書き出す

読者に最後まで読んでもらわないこと位は話にならない → 推進力

人物の紹介、舞台の紹介、設定の紹介、問題提起

キャラ:怒りん坊、てくの坊、恥ずかしがり屋、怖がりや、泣き虫、弱虫

こういう人いるいる、こういうことあるある → 最初の共感へ

実在性

具体的に嘘をつく

混沌とした自分の世界観に何らかの形を与えるために表現をするのだ

自分とは全く違う価値観の人間について勉強しなければならない

New Yorku―ニューヨークより長友啓典へ – 黒田 征太郎

知人であるカイさんの父親が、著者である黒田征太郎氏と聞いてアマゾンで早速クリックをしたわけだけど、昨晩カイさんに征太郎氏のごくごく一部やカイさんの幼少時代のこと、僕の父親の話、父親と子供の関係など話をしたこともあり、興味をもって読めたのだと思うが、1時間ちょっとではじめから終わりまで一気に読んでしまった。

これはエッセイで、ロシア文学のように登場人物の長い名前や相関関係を山ほど覚えておく必要のあるような本ではないので、それほど時間のかかるものではないが、気になるところがたくさん出てきて、日本滞在中に読んだ本は、タイへ戻る前に全部売ってしまおうと思っていたが、この本は向こうへ持っていってもう一度読んでみることにする。

とにかく何かしていきたいのだが、そのゴールが見えずにどうしたもんかと考えたりするが、そう考えるのもよいし、そうしてやっていることそのものが大事であると思うので、意志を持ってやっていこう。

Saul Steinberg と 近藤等則 を見てみる。

絵を描く時だって、絵の具の用意から、げんk脳のお届けまでを、ま、なにからなにまで手とり足とりやっていただいていたわけです。知らない間に裸の王様よろしく、一人歩きできない男になっていたわけなのだ。これじゃあ、偉そうなことを言っても、地に足はついてない、地上5センチぐらいのところをフワフワと浮いているのです。
結局、ツケは回るというルールどおり、いま、現実がやってきた。俺は重い引越荷物にフウフウいいながらレキシントン通りを歩いている。

<中略>

いやいや、オレみたいな国は結構たくさんあって、ひょっとすると、そんなハダカの王様的国家が、地球のため… なんぞと、いっているのではないのかな…といつもの調子で己のことを棚に上げて考えてしまいました。だって、そんな裸の王様的国家に、そろそろツケが回りだしたじゃないですか。本当に地球がまるいのならばどっかが凹めばどこかが凸んだよね。

さて、エッチングの件ですが、あれは僕としてはあくまでも、もはやブツあるいはタマとしてしか考えていません。それは決して作ったものに対して愛情と責任がないのではなく、作った物をコヤシにして次を作ることなのだと思います。安藤忠雄さんのスピード感の因(もと)はそこにあると思います。その循環がうまくいくことで先に進めるのだと考えています。プロデュース、マネジメントのホントはその辺だと思うのです。

話が、ちんけに流れているでしょうか?

82年から始まって、最初はやや、粗雑な絵が87年の出口あたりになると、ぐんぐん高まり、「やっぱり」「さすが」と言う感じで画品を感じました。とにかく好きでしょうがなくて造っていたと言う空気が好ましく、短い期間にあんな風に変わっていけるスピード感が気持ちよかった。そして、その変わり方も、決して大むこうをうならせようみたいな見栄の切り方ではなく、徐々にスピード上げていく旦那のようななめらかさを見たような気がします。
やっぱり走り続けるしかないのですね。バスキアは走り続けて観客の手に捕まることなく、ぬけていったんだと思いました。彼が描いている時の表情を見たいと思いました。彼の制作中の現場の空気を吸ってみたいと感じました。

PS 昨日、テレビで日本の建築家特集をしてましたが、安藤忠雄がイチバンかっこよかった。磯崎新さんは何やら、トッチャン、ボッチャンみたいでした(それでもよかったよ)。

そうは見えないかもしれないが、僕の場合、たいていのみせやさん(店舗)に入る時、自意識過剰でテレてしまう。最近でこそ顔が赤らむほどの事はないが身体はギクシャクしてしまう。

なんだかアメリカ様さまと言ってるように聞こえるでしょうが、僕は月に1度は日本に帰っている人間ですからちゃんと見えていると思います。

ソーホーでクレメンテの水彩画の展覧会を見ました。
画品と言う言葉を思い出しました。それにしても高い、、、。ハガキ大の水彩が10,000ドル。これはいけないことですよね。でも、うらやましい。でも、良くない、なんだか焦ります。
と、いうわけで、ここニューヨークにも相変わらずええものとアホなもんとがゴチャゴチャでそして僕の頭もごちゃごちゃで、とにかく、やっぱりもう少し大きい絵を描かにゃあかん、と思ったり、あせらず勉強と考えたり、まるで学生(学生生活は知らないが)みたいなものです。
こうしながら段々と何かが湧き上がってくるんでしょうね。

しかし、やっぱり日本の芸能人の学芸会ぶりがおかしかったです。

そして何より、驚いたのは歳とともに過激になってゆかれていること(ピカソもそうですよね)。以上、マチス、スタインバーグ、ともに好きな心が画面に満ち満ちている人たちなのですよね。

テレビと言うメディアに興味を持ち続けている僕にとっての番組とはやはり同時性(なま)と言うことなのです。

とにもかくにも生命ギリギリココロからがらのところで張っていかんと何も見えないし、何も確かめられない、と再確認できました。

伊集院くん、ポーランドへ行こうや、あいつらはいいですよ。そりゃ、貧しいけど、えらい田舎のレストランに行っても、ちゃんと食事の準備をしてくれますよ。ポテト1つを出すにしても、あいつらプライドを持って俺に向かってくれるんだ。人間が人間にしなきゃいけない礼儀がちゃんとしているんだ。他の国へ行けばきっと何かに出会えると思うよ

竹久夢二「セノオ楽譜」表紙画大全集

keybooksのセールにて。

中をみると、セノオ楽譜という大正期の楽譜の表紙を行っていたらしい。これに限らず、表紙や挿絵を多く行っていたよう。今で言えばyoutubeのサムネイルみたいなもの。さらに詩や童話なども創作していたと。文章表現と絵を合わせて何かやりたいと思う。やりたいやりたいと思うのは勝手だが、僕ももうすぐ44になる。技術の習得に頭がいきがちだが、作品作りをしていくことが同じくらい、いやこちらの方が大事なのかも知れない。その意味ではyoutubeチャンネルを作品発表の場として開設するのは良い働きをしてくれることになりそう。

自分のファン(というのもおこがましいが、まあそういう人たち)に、無料でイラストを描くと言ったところ15,6名がほしいと手を上げ、途中までやってみるとプロフィールに使われないケースもあり、もちろん、僕がそういう条件を掲げていなかったので相手方は何も悪いことがないのだが、その程度の欲しさで、「僕も私もお願いしたい、後藤さんのファンなんで、本当に嬉しいです」と言えるのだから、などと感じて、嫌な思いがなかなか消えなかったが、例えば阪神タイガースのファンだといいながらタイガースが負ければ罵声を浴びせることは目にしてきていたわけだし、どこかの国のサッカーファンは試合に負けた選手を殺したこともあるとどこかで聞いたような覚えがある。ようするに様々なファンがいるってことを知れたいい機会になったわけで、逆に何も言わなくてもプロフィール画像に使ってくれたり、ステッカー印刷をしてスマホに貼ってくれていたり。当然、後者に好意を持つわけだが、どちらにも心を揺さぶられないような強さを備えなければいけないと感じ、身体と心をここから鍛えることにした。

絵の方は、たまに描いていたタイ料理のイラストが色の扱いの良い訓練になっていて、次の「アユタヤへの列車旅」のサムネイルは思いの外良い絵になった。色の扱い、並べ方、美術解剖学の勉強にクロッキー会への参加。今はこれらが楽しくて、力になっていることも実感する。しかし先にも書いたが、知識や技術を積み上げるのは結構なことだが、それを上手に使って、面白い作品をつくること、そして願わくばそれらが人々に受け入れられること、ここまで持っていかなければならない。人がどう感じるかはもう知らんから、どのような受け入れられ方をされたって良いのだと思える強さを持つことにする。たぶんそれはまったく相手にされないよりは良いのかも知れない、いや、ひょっとすると相手にされずに放っておいてもらった方が良いのかも知れない。とにかくやってみて外からの反応を得て、それに自分がどう反応するのかを見なければ分からない。まずはそこまで。

もっと知りたいセザンヌ 生涯と作品

ここでは毎回イラストを描くようにしているので、セザンヌの林檎をイラスト風に描こうとして下絵をかこうとしたのだが、シャープペンシルではじめるとそのまま手を動かしてしまい今回はこういうかたちの絵に。約30分。4,5年前にアカデミックな絵の描き方を学び始めた頃はとにかく時間がかかっていたが、気づくと作業スピードがあがっていた。

7月31日に隔離生活が始まってから、模写をすることにして、早寝早起きも身につき、この1ヶ月くらいは朝起きてまずは湯に浸かってからストレッチと軽い運動。それを経て絵を描く時間が取れている。5:45分に起きられれば朝から2時間くらい絵が描ける。これがすこぶる調子よくて、絵もうまくなるし、1日もうまくいく。

感動を持つ者のみが与えうる衝撃をあなた方の芸術に刻みつけなさい

ルーブル美術館は者の見方を教わる良書ではあるが、急いで美術館の外に出て、それまで見た者を一切忘れ、自分の目で自然を眺めて強烈な感覚を全身で受け止めなさい。

デッサンや模写で技術をあげて、観察力を上げるのはいいが、自分の絵を描くことに戻らなければいけない。それは分かっている。しかし今は技術をあげることに費やす。

林檎ひとつでパリを征服してやりたい

セザンヌは父親の力で兵役を逃れ

セザンヌの父親はかなりの大金持ちだったようだ。

渋イケメンの世界 ~美しき働き者たちへの讃歌~ – 三井 昌志

確かインドへ行くことを決めてからツイッターで知ったのだと思う。

男たちの勇ましい姿が切り撮られていて、最高にかっこいい写真が見られる。
さらに構成も良くて、はじめに写真を順番に見せていき、終わりにそれぞれの写真にコメントをつけている。

写真でも絵でも、やはりその人となりがそこに現れてくるから、そいつがどうかというのが見えるもの。
何を何故撮るか、何を何故描くか。

生きるために働く男たち。やるべき仕事に迷いなく打ち込む男たち。彼らの顔には人生がそのまま刻み込まれていた。後ろ姿に生き様がにじみ出ていた。外見にはほとんど気を遣っていないのに、痺れるほど格好良かった。

働く男は飾らない。飾らないから美しい。

静物画 – エリカ ラングミュア、高橋 裕子(訳)

絵画芸術のことを体系的に学んでいないので、興味のあるところをその都度掘り下げていて、もともと静物画は相性がよく、上手とは言えないまでも何かがあると感じていたが、デッサンを始めてからは身近なものになり、今も興味がある分野である。

カラヴァッジョの破天荒な生き方を読んで面白かったのだが、実はこのカラヴァッジョの「果物籠」という静物画が静物画の歴史的にも評価されていたり、存在はもちろん知っていたポール・セザンヌの何が評価されていたのかが分かり、点が線になった。当時芸術の舞台となっていたパリで「パリをりんごひとつで驚かせる」というような事を言っていたようだ。

絵を描くこととは別に、絵画の歴史を紐解いていくのも大変に興味のそそられるところだ。

1311年にかかれたというドゥチオの「受胎告知」などをみると、技術的にはそれほど大したものでなく、今の私の方がうまいくらいかもしれない。
それが1540年に描かれているマリヌス・ファン・レイメルスワーレの「二人の収税史」になると、もうすごいレベルに達している。450年以上前に描かれた作品。

もちろん上手い下手なんてのは、良い悪いとは別の話だが、やはりこういう時いつも「Not skill, but skill」と言っていたクリス・ペプラーの言葉を思い出す。

伝えられるところでは、カラヴァッジョは、「私にとって、花をうまく描くことも人物をうまく描くことも、骨が折れる点では変わりない」と語ったそうだ。

いいねぇ。

画家は描かれる対象がどの距離から見られるかということだけでなく、どの高さから見られるかも決めなければならない。視点を高めに設定すれば、個々のものはほとんど重なることなく、はっきりと見えるだろう。同時に、それらを互いに関連させて、全体の大きなまとまりを生み出すことも容易になる。

Buddhism Illuminated: Manuscript Art from Southeast Asia – San San May , Jana Igunma

ソンクラン前に仕上げる予定の店内壁画のための資料として。
部屋においておくと、月に2度掃除をしてくれるメー・バーンからこの本を使わない時に借りてもいいかと尋ねられた。仏教に興味があるのだな。

BERNARD BUFFET ET ANNABEL – ベルナールビュフェ美術館

力強い黒の輪郭線が好みで、描かれるキャラクターが画面の中心に1体あって、背景があるという構図はビックリマンシールのようで、こういう種類の作品を描いていた私は、戦後するからこういうことをやっている人がいたんだなという驚きがあって、その作品をイラストと呼ぶか絵画と呼ぶのかなんて、その作家の決めるものでいいのだ、そうあるべきだった。

そういえば、バンコクのAKKOギャラリーが閉店するようだ。私は絵画で食っていくことは10年くらい前に諦めて、と言ってもチャレンジしたのも5年もなく、やりながらも深いところでは、自分を信じ切ることができずに、駄目だと思っていた所があるので、たいそうなものでもなんでもないのだが、絵画や芸術で食っていくことのできる人ってのは、かなり少ないのではないだろうか。食っていく術を他に持ちながら作品づくりを続ける人が圧倒的で、その持続可能性ってのはどれくらいなものなのか。AKKOギャラリーのことは何も知らない。ただ紀伊国屋へ行くと飾られているAKKOギャラリーの作家の作品を見られるのは楽しみだったので、ああいう一服の清涼剤がなくなってしまって、またひとつ世の中がクサクサしたものになると思うと寂しいし残念だが、同時に別の誰かが世の中を芸術によって明るくする何かをやっているのだろうとも思う。世の中はそう捨てたもんじゃないってことを知っているよ。

 

ネットには見つからなかったが、書籍の最後に載っている写実表現に近い「波」という作品がとても良くて、そこに添えられているベルナール・ビュフェの言葉は次のようなものだ。

「私は大海原を航海する一隻の小舟のようなもの。その波間を縫って、何とか舵をとっているのです。」

「抽象画を描きたいか」という質問にビュフェはこのように答えた。
「絵画はすべて“抽象的”です。具象画は誰にでも理解できるとされていますが、鑑賞者が絵画の中にそれぞれの“美”を見出そうとしなければ、何の意味もないのです。抽象・具象を問わず、すべての芸術が“抽象的”であるというのは、この意味においてです」


アナベルの言葉より
愛するもの同士の関係は、貴重で生き生きとしていjますが、その中で最もむずかしいのが対等という関係です。習慣よりもまずいのは譲歩です。小さな意見のぶつかり合いを避け続けていたら、いずれ相手を非難することになってしまいます。私なら、あとで恨みごとを言うより、言ってしまって後悔するほうを選びます。


私はベルナールの作品のすべてを愛しています。41年間の愛情と友情は決して消えることはありません。


ボリス・ヴィアンやサルトル、カミュ、マイルス・デイビス、フランソワーズ・サガン、コクトー、イヴ・サンローラン、クリスチャン・ディオールなどの同時代の人の名が登場している。