手塚治虫のマンガの描き方 – 手塚治虫

砂漠のように無味乾燥な、いまの生活のなかに、ちょっぴりオアシスの役目をはたせるなら、これにまさる満足はないのである。

マンガの中には、なにかしら、描いた本人の煩悩というか、モヤモヤの発散がある。それは、何度もいうように、気ままに思うがままに描くからである。そして、その欲求は、たいてい不満を含んでいる。

ようするにマンガを描くにあたっては、欲求やからかいお要素を忘れてはならないということだ。

こういう心のデッサンを、本物のデッサンと並行してやっていると、たいへんな進歩になる。

描くことの生きがいは、生活の確率とか、食うことの保障とかましてや楽をしようなんて欲からはほど遠いものなのだ。

ここにいる という話

長ければ長いほど根気と努力がいる。そして時間もかかる。

そのうちに、中途でファイトもなくし、また構想にも飽きがきて、描きつづけるのをやめてしまうからだ。

東京タラレバ娘 – 東村アキコ 1〜9

面白いわ、これは。

真面目な話とギャグが共存している様、マンガならではの表現、色々勉強になりました。
マンガ作るぞ。10月中にあの50コマのマンガを終わらせる、と心の中で思うが、最近どうもやる気が細って寝てばかり。締切のあるものには取り組めるけど、そうでないものには後回し。とほほ。

モテない女は罪である – 山田 玲司

小学校以来マンガに興味がでると、思っても見なかったけど、かなり『掘りがい』がありそうで、そりゃあそうだよなと、それだけの歴史があるわけだし、少女漫画なんかまったくもって興味がなかったけど、その要素を自分に入れたら面白いものになるかもしれないし。新しく継続して掘っていきたいものが見つかったのは嬉しいこと。これをまた自分の糧にして。その最初で動画からハマったのが山田玲司。話を聞いていると評論家に近いような気もしてくるが、とてもおもしろい人で勉強になっている。自分でも言っているが絵が上手ではない。しかし上手いことが必ずしも大事でないことを改めて思うし、クロッキー会は楽しいのだが、あそこに通って腕を上げていくより、今は自分の絵を探求、研究していくほうが良いように思う、それが楽しい。どうやらこれまでの訓練でそれなりに描けるようになってきているから、どうすると面白い絵になるのかをやるほうが良いのだろう。

こお絵なんかを見ると特別上手ではないけど、絵を気にしているのは自分だから、内容が一番。しかしキャラ面白さで気持ちが惹かれることはあるので、やはりnot skill, but skill問題があるのだが、根底には上手であることに意味はないを持っておいたほうが良い。

CICADA – 山田玲司

岡田斗司夫から山田玲司へ繋がり、ヤンサンにはまりマンガを。
作画は別の方、こういうマンガのつくりかたもあるのだが、自分にはそういう人がまだいない。
作画はできるが、ストーリが簡単ではない。いずれ創作物語もやってみたいがまずは身近なタイの話から。

星の王子さま1〜6 – 漫☆画太郎

面白そうな漫画を読んでみようと古本屋に行くとこれがあって。
サン・テグジュペリの星の王子さまは、会社の「特徴と強み」ページに引用してるくらい残っている小説だったので、漫画太郎のこれはどういうものなのかという興味もあり、実は一度本屋で見かけたけど、その時はゲゲゲの鬼太郎とおばけのQ太郎だけを買って帰ったのだが、後日気になって改めて買いに行った。全巻残っててよかったー。

漫画を読む時、多くはあまり絵をじっくり見ることは少ないと思う。それでも漫画家は丁寧にコマを埋めていくわけだし、その絵にシーンが描かれているのだから、漫画家という職業はすごいなぁと感じざるを得ず、イラストや絵画の勉強になりそうなので、これからは漫画も精力的に読んでいきたい。

星の王子さま – サン=テグジュペリ

絵が上手だなあというのが最初に感じたこと。手の表現など小さいながら人の手をしていて、デッサンをやったり、美術解剖学を勉強したのではないかと思った。影や陰での線の使い方が独特。最近インスタなんかでよく見る整ったきれいなラインがならべられるのとは、少しちがって、独特な方向を向いていたりして、これが漫画太郎っぽい絵の秘密のひとつになっているのだと思う。実際、絵を描くことも、美術解剖学も、タイ語もギターも、身体も心も訓練で強くなっていくことをここのところ強く感じられて、それを思うとこれまであった、「明日でいいや」が「今やろう」に変わって、時間とかはこだわらず、タイ語であれば、覚えたくなる単語や使えそうな単語などひとつでもいいし、ギターもフレーズひとつでもいいし、2〜3曲歌うでもいいし、とにかく毎日やるってのが明日に繋がり、その先につながるのではと考え方が変わった。良い方向に。こういう時に、最近みるのが「よき」みたいな言葉で収めようとするのだが、なんなんだそれは。気にかかる。

行け! 稲中卓球部 – 古谷実


それにしても、期待を持ってページを捲り始めたので、少しすると「原作 サン・テグジュペリ」「作画 漫★画太郎」と黒地に白抜きの文字が出ると、「おぉ〜〜」とでかく出てるし、それがまたすごいし、世界的に愛されている作品にこういうことをやれて、こういうことというのは、漫画太郎の世界観を正面からぶつけているところで、これって新しいのかもしれないなと、先日聞いていた菊地成孔と近田春夫のラジオを聞いたのもあって思った。どこかの誰かがやっていることをやったところでそれが何なんだと、そういう意気込みをなくして、これが売れ線だとか、受け入れられやすいのではだとか。

今 日本の老人の薬の摂取量は世界一なんだ…

日本の75歳以上の老人は医療費の自己負担率がたったの1割だから調子に乗ってバンバン薬を飲んじゃってるんだ…
医者も入れ食い状態だからって調子に乗って基本5剤処方…
10剤以上出すヤブ医者もめずらしくないんだって…

それって他の国とくらべて多いの?

うん ケタ違いに多い…
一度に飲む薬の数が増えるほど副作用のリスクは加速度的に増すから欧米では基本1剤…
多くても2剤までしか薬を処方してはいけないんだ…

あるアメリカの医師が書いた本によると一度に4剤以上飲んでいる患者は医学の知識が及ばない危険な状態にあるんだって…

ゲゲゲの鬼太郎 傑作選1 – 水木しげる

思い立ち、漫画を熱心に読んで研究してみようと思う。
水木しげるは映像でみると、どうも重心がおかしく感じ、調べてみると戦争で左腕を失っているっていうんだから、両腕と両目使える僕は、弱々しいことなんか言っていられないと強く思う。身体を鍛え、心を鍛え、絵を描き、歌を歌い、タイ語を話して自分の道を見届ける。

wikiによれば「高等小学校卒業後、画家を目指して大阪で働きながら学ぶ。」とある。どういう風に学んでいたのかは知らないが、絵を見ていると面白い表現があるし、模写をしてみると少ない線で、細かい表現がされていることもある。

物語は辻褄合わせが無茶苦茶で、絵でなくて、テキストで説明して展開していく強引なところもあるが、それでいいのだ、と思った。
絵に関しては、技術がほしいと思うが、当たり前だがそれが全てではない。

こうやって漫画をみて、子供の頃夢中になって読んだ漫画で、すぐに諦めたが漫画家になりたいと思ったこともあって、子どもたちが見てオモシロイと思ってもらえるような何かをつくりたいと思った、思ってしまった。

wikiより
「幼少時、まかない婦として家に出入りしていた景山ふさ(のんのんばあ)が語り聞かせた妖怪の話に強い影響を受ける。」
「5歳の頃のある日、「死」に興味を抱き、3歳の弟を海に突き落とそうとするが、近所の大人に見つかり、両親にしかられた上に、当時同居していた「ねーこ」と呼ばれる祖父の妹(大叔母)に「やいと(灸)」をすえられた」
「自身も認めるマイペースぶりから朝寝坊してゆっくり朝食をとり、たいてい2時間目くらいの時間から登校するという変わった生徒だった。」
「立派な画家になるんだと思い詰めて一心不乱に独習を重ねてきた自身の方が、もったいぶって教える先生より技量が上と感じたという」

おやじ
おこるなよ
だれだって
利害によって
あっちについたり
こっち

ついたり
するもんだ
人生って
そんなもんだよ

ねずみおとこ


子供の頃から、このねずみ男の身体の汚れ表現が大好きだった。


この夜空の表現


これも


この台形が家に見えるのだから不思議。何かでたけしが映画を撮るときに、誰かを訪れるシーンがあって、その後に男がそこに倒れていれば、乱闘シーンはなくてもいい、みたいなことを言っていて、漫画でも十分に使える考え方。

行け! 稲中卓球部 – 古谷実

イラストを描き始めると漫画に意識が向くようになった。
上手な絵を描くのにデッサンをはじめたが、上手な絵だけで面白い絵が描けるわけではない。

面白い絵とはなんなのだ?

失礼な話かもしれないが、この稲中の2巻を読んでいると、この当時古谷実氏の画力は高いレベルのものではないと思う。しかし、読んでいて笑ってしまったり、とても2020年では許されない内容に考えが巡ったり、面白い作品なのだから、上手な絵が面白い絵の必要条件でないことは間違いない。

とはいえ、NOT SKILL, BUT SKILL というもので、上手な絵が描けないと面白い表現ができないことは多分にある。さらに、これもスキルに含まれるのだろうが、道具に慣れ親しむということも可能性を広げて、今の僕だとiPadのProcreateにApple Pencilで描いているのだが、なかなか絵の具や鉛筆では出せない表現が容易にできて、これはProcreateでなければやれないのだから、これを使ってよかったと思う。しかしながら、これにまた逆説がでるわけだが、ビックリマンシールを描いている作家の方は、アプリケーションの名前は忘れたが、「これに慣れているから」という理由でフリーハンドだか何かバージョンアップの止まっているものを使っていて、弘法筆を選ばず、という考えもある。

「京子ちゃん ほら見て見て
イカのニオイんおするマツタケだよぉ!!」
とにかくすごい内容。

かっこいいスキヤキ – 泉 昌之

久し振りにみうらじゅんと安齋肇のTR2を聞いていると、この漫画の話が出てきたので試しに。
構図が独特で視点が面白かった。

当時TR2をやっていたのは2005年頃で、あの頃のみうらじゅんはようやく今のボクと同じくらいの年くらいだったのかなと思ってみてみると、2005年時点で47歳ってんだから。47でチ●ポ、チ●ポってあの感じなんだから、ははっ、まだまだこれからだよな。

大至急ったって
あんた
そっちの
都合ばかり
いったってね

これはどの仕事でもそうなのかもしれない。ボク自身も含めて客は、自分の都合で早く早くと求めるが、実際に早くやるには自分で何かを進めなければならないこともあるのは横においておいて。


昔アレックスというシカゴからの男とよく会う時期があった。
いい絵を描いたし、明るくてかっこいい男だった。
彼は日本語はほんとど喋れなかったし、おそらく読めなかったのだと思うが、写真のコラージュ作品の中に「パチンコ」の「パ」をトリミングして「チンコ」としたものがあって、こんな視点があるかと新鮮に感じたことがあった。
https://momaom.gallery/category/2005/

なんだかチンコ、チンコの話が多くなった。

コルトレーン – パオロ・パリーシ

イタリア人によるジョン・コルトレーンの話。
かなり掻い摘んでいるので、ある程度ジョン・コルトレーンの事を知らないと良く分からないが、いくらかジョン・コルトレーンのことを知ることができた。

ポケット・トランペットなるものがある。

聞きたいのは、どこから出発したかってことじゃない。いったいどこに向かっているか、だ。 〜マイルス・デイビス

BLUE GIANT SUPREME(7)- 石塚真一

かっこいいコマ割り

「若気の至りってヤツだな。」
「そうさ、上手く行きっこないのに先回りしちまう。ステージの3人もアレと同じさ」
「でもだ、若々しくて良かった。」

暖かく 盛大な 拍手を


ナイスロゴ

バンドを組んで依頼、ずっと、いつだって大事な時さ。

正直不動産 (4) – 大谷 アキラ

漫画家の画力はすごいなあ。当たり前だが上手。
ソンクラン休み前までに仕上げる予定の壁画があるので、いつもの仕事を夜遅くまでやるんじゃなくて、デッサンをやらなくてはいけない。ということで、昨晩はラムのボトルを描いた。悪くない。続けること。