夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです – 村上春樹

ー世代論はあまり好きではないでしょうが、村上さんのように一つの場所でじっと考えながらものごとをやってきた人間が、同じ世代にどれだけいるかと考えると、ちょっと淋しくなる状況かもしれませんね。

ただ有名でもなんでもなく、世間的にかたちになるようなことはしていなくても、そういうふうに行きている人はきっと少なからずいると思う。だから僕はそんなに悲観的ではないんです。いざとなれば表に出てくる力を持った人はちゃんといるんじゃないのかな。

お金で買うことのできるもっとも素晴らしいものは、時間と自由である、というのが僕の昔から変わらない信念です。時間と自由があれば、雑事に邪魔されることなく、集中して次の小節を執筆することができます。もちろんお金がなくても、ある程度、時間と自由を手に入れることはできます。いちばん重要なことは、お金があってもなくても、自分の霊をどこまで「飢えた状態」に置いておけるかということだと思います。

何かを人に呑み込ませようとするとき、あなたはとびっきり親切にならなくてはならない

幸せな未来は「ゲーム」が創る

いずれにせよ、人類は進化しつづけるのであれば、われわれはもっと徹底して人生を楽しむことを学ぶべきである。

ゲームをプレイするとは、取り組む必要のない障壁を、自発的に越えようとする取り組みである。

ゲームと比べると、現実は易しすぎる。ゲームは私たちが自発的に超えたくなる障壁に挑ませることで、私たち個人が持つ力をよりよい方向に用いるための助けとなってくれる。

よりよい成功への希望ゲームと比べると、現実には希望がない。ゲームは失敗への恐れを取り除いて、成功へのチャンスを高めてくれる。

成功は喜びをもたらしますが、それと同時に、なにかおもしろがってやれることを失ってしまいます。失敗しているかぎり、私たちはもう一度挑戦できるし、遂行すべきミッションがありつづけるのです。

研究者たちは、楽観性は、想像しうるさまざまな意味で人生の質を高めることに密接な関係があることを発見しました。たとえば、健康で、長生きして、ストレスや不安を減らして、よいキャリアを歩んで、よい人間関係を築いて、創造的で、困難な状況に直面したときに立ち直る力などを与えてくれるのです。これは驚くことではありません。楽観主義は、私たちが自身と他者の人生をできるかぎりよくしていくために必要なことでした。私たちが本当に繁栄するには、自らの能力や成功へのチャンスについて楽観的でなければなりません。

ゲームに比べれば、現実は些細なものだ。ゲームは私たちの行動を何か巨大で壮大な意味を持つものにしてくれる。

人生は全て実験だ。実験はたくさんすればするほどよい。

ゲームに比べると現実は没入しにくい。ゲームは私たちに、自分のしていることにもっと深く参加しようという意欲を起こさせる。何かに心から参加するとは、自発的・自律的に取り組み、強い関心と純粋な情熱を持つということです。

何かを強制的にやらされているとしたら、もしくはしぶしぶやっているとしたら、それは本当の参加ではありません。結果がどうなるかに関心を持っていないとしたら、それは本当の参加ではありません。何かが終わるのを受動的にただ待っているとしたら、それは本当の参加ではありません。

さまざまな学術文献でもっとも頻繁に推奨されている幸せ活動は、感謝の気持ちを表すことと親切な行為をすることのふたつです。

新設で好意的な見知らぬ人と日にわずか数分でも同じ空間で過ごしていたら、私たちはより楽観的になり、自尊心が高まり、より大きな安心感と周囲の環境とのより強いつながりを感じるようになり、人生をもっと楽しむようになるということが、研究によって明らかになって

なんで、その価格で売れちゃうの? 行動経済学でわかる「値づけの科学」

わが社よりも5%安く売るところが出てきても、何の心配もいらない。私が気にしているのは、わが社よりも優れた経験を提供する企業が現れることである。

要は、売れるかどうかは、見せ方次第なんですよね。

このように、同じものでも見せ方を変えることで人の判断や選択が変わる現象を、行動経済学で「フレーミング効果」と呼ぶ。価格を一工夫する際には、この「ふれーミグ効果」を活用することだ。「極端の回避性」もこのフレーミング効果の一つ。「松竹梅」は意外と強力な価格戦略なのである。

「いいけど高い」商品は、お客さんは買わない。「高いけど、さすがだ」は、お客さんは買ってくれる。

絶対儲かる「値上げ」のしくみ、教えます

1 安いから買う 消費
2 高いから安心、信頼が置ける 消費
3 モノではなく、コトを買う 消費
4 自分らしさを買う 消費

価格を高く設定するということは、同時に顧客に価値を感じてもらう工夫も必要です。この時に重要になってくるのが、どのような価値を、どのようんあメディアを使い、どのようなスタイル・方法で情報として発信するか

・手間暇をかけている
・数が少ない、めったにない、作れる人が他にいない、育つまで時間がかかる
・長い歴史を持つ、代々続いている、それを保証している文献や歴史上の根拠がある
・ネットで流通していない
・実際に行ってきた、見てきた、世界の裏側など遠くまで行って取ってきた、持ってきた
・開発の秘話があり誰もが驚く

このマーケットのどの階層にビジネスを組み立てていったらよいか
どの階層ならサービスが可能なのか

独自の価値を見出した顧客や、価値を見出す可能性がある顧客に対してのみアプローチをすればいいのです。

集客をできる限り強化し、価値を伝え、値上げを織り込んだプレゼンの改善。トライ&エラーに臨む

コンフォートゾーン

14歳からの社会学 – これからの社会を生きる君に

能力によって自由を楽しめる度合いが違ってくる。これは本当のことだ。でも能力がとぼしいからといって過剰にみじめにならず、自分がそこいいてもいいんだ、自分は生きていいんだ、自分は他社に受け入れられる存在だ、と思える。それが「尊厳」ということだ。

さあ君は舟を動かせるか。「失敗しても大丈夫」と思えるように、人間関係の中で育ってきたか。

誤解しないようにいうと、ぼくのいう「エリート」は、昔の日本社会で通用した「東大→官僚=自己実現」みたいなタイプの人間じゃない。「幸せは人それぞれ」のいまの社会で「それでも多くの人が幸せになれるルールがあるはずだ」と考えられるタフな人間のことだ。

自由とは自分で自分を支えることだ。でもこれが苦しくて難しいんだ。

ぼくは大学受験のとき、受験勉強は1日4時間までと決めていた。<中略>「1日4時間だけ精いっぱい勉強して入れるくらいのところに入る」コスト配分が、一番いい。

ぼくは仕事の時間を減らすことに挑戦している。まえは1日に10時間以上平気で働いていたが、仕事が楽しく苦とも思っていなかったが、仕事のための人生じゃないから。会社を軌道にのせることができたし悪くは何買ったのだろうが、もういい。今は1日5〜6時間。もう少し頑張って4〜5時間で済むようにしたい。その後は本を詠んだり絵を描いたり昼寝をする。

だから女の子は、自分を「理解」してくれる余裕がある年長の男に向かう。

君は、女の子がどうしてもっと優しくしてくれないんだ、つくしてくれないだ、心にちゃんと触れてくれないんだ、と思っているだろう。そんな君は、生身の子とセックスしてもつまらないと思うようになる「予備軍」だ。本当は女の子の心に日をつけない君が悪いんだ。

サラダ記念日 – 俵万智

あとがきで「私と歌の出会いは〜」と俵万智が書いていて、短歌は歌なのだと、つまりそれは音楽であると知った。

短いということは表現にとってマイナスだろうか? そうは思わない。とも。
短歌なり自由律俳句というものをやってみると、何を言いたいかかなり絞る必要がある。
その言いたいことをどんな言葉で言うか。そこにユーモアを込められるか。これが下手くそながら面白くて、1日に一つ、歌を詠んでいる。

「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のあたたかさ

通るたび「本日限り」のバーゲンをしている店の赤いブラウス

愛人でいいのとうたう歌手がいて言ってくれるじゃないのと思う

「おまえオレに言いたいことがあるだろう」決めつけられてそんな気もする

その日から生き方変えたという君のその日の記憶吾いは見えない

会うまでの時間たっぷり浴びたくて各駅停車で新宿に行く