半島を出よ〈上〉- 村上龍

どの国でも同じですが、既得権益層をつぶし、経済を復興させるのは大変に困難です。日本の場合、金食い虫である官営組織の特殊法人をつぶすのが急務でしたが、それは結局できず、それよりはるかに簡単な憲法改正をに向かおうとしています。商工の会社にたとえると、利益が上げられなくなった会社が利益を上げようとしないで社則を改正するのと同じです。日本は治療する勇気を持てなかった死にゆく巨象です。

中高年の自殺者は昨年六万人を越えた。

敵対しているわけでもないのに何事にも非協力的でお互いの足を引っ張り合って挨拶もしないし口もきかないという関係か、またはべったりと寄り添って面白くもない冗談を言い合って自他ともに仲がいいところをひけらかす関係か、その二つしかない。

カネシロはテロのことしか考えていないから、私利私欲がまったくなく、会った人は純粋でまじめで誠実という印象を持つ。物心ついたときからずっとテロのことだけを集中して考え、いろいろなプランを練ってきたので、人柄が誠実に見えるのだ。

大切なのは今のこの社会の、多数派の人たちから離れて生きることだとイシハラはよくみんなに言った。

テロもすばらしいし、暴力もすばらしいし、殺人だってすばらしいけど、戦争はダメだ。それは戦争が多数派のものだからだ。少数では戦争に負ける。戦争をしたがるのは多数派しかいない。多数派は必ず少数派をいじめるし無視する。ぼくちゃんは痛いのが嫌いだから、できればテロとか暴力とか殺人とかはないほうがいいけど、少数派はテロや殺人や暴力をどうしても必要とするときがある。痛いのは嫌だけどそれより嫌なのがモジョリティというやつなの。モジョリティは多数派と訳されるけど、本当はみんなも知ってる通り、マジョリティ。メジョリティでもないし、モジョリティ。この世の中で最悪なのはモジョリティで、それは村も町も国もモジョリティの利益を優先させるから。国家はモジョリティを守るという必要性に迫られて生まれたんだよ。この国では多数派から遠く離れるのが本当にむずかしい。ぼくちゃんやノブチンはずっとモジョリティから無視されてきたし、それは心の傷はるか三百マイルに達しているけど、最初から多数派に入れなかったぼくちゃんはラッキーだったと言うべきだし、ラッキーはウンコではなくて運だ。このことだけは何度も言うし、大事なことだから一回しか言わないけど、多数派に入っちゃだめよ。多数派に入るくらいだったら人を殺したほうがモアベターよ。

情緒は作戦遂行を阻害する。

言葉ではなく、まるで絞めたばかりの鶏の肉に唐辛子や塩をすり込むように、血や脂汗とともに肉体や内蔵に叩き込まれる。

共和国の知識層は日本に対し基本的に憎悪を持ち、そして心の片隅ではかつて西欧を的に回して堂々と戦った国という倒錯した敬意を抱いている。その複雑な思いはおそらく中国も南朝鮮でも、あるいはベトナムやインドネシアなどの他のアジアの国でも同じではないだろうか。

戦争に負けた日本はアメリカの妾になることによって急速な経済成長を遂げたのです。テレビからキム・ハッスに視線を移して、パク・ミョンが言った。経済が破綻した今、いろいろな意味で後悔と劣等感と罪悪感に苛まれています。将来の目標が何か、そのために今何をすべきか、わかってないのです。目標を持ち、何をすべきかわかっている民族は、自国民にアフリカ人の衣装を着せたり、自国のホテルにアフリカの味付けをしたりする必要はないでしょう。

経済が破綻すれば、その国は無能力と判断されてしまう。存在感も信用も地に落ちる。

極度に不安定な状態の物質が急激に安定しようとするという概念がタケグチは気に入った。

国家と言うものは必ず少数者を犠牲にして多数派を守るものだ。イシハラが笑い終えて、そういうことを話し始めた。あいつが本当に福岡のみなさまの生命の安全をだいいちに考えるなら、あいつは絶対に北朝鮮のあいつらと戦えない。本当に北朝鮮のあいつらと戦うなら、福岡のみなさまの生命の安全をだいいちに考えるのは無理のちゃんちゃんこだ。北朝鮮のあいつらは、そのことをうんこみたいにくそみたいによく知っている。北朝鮮のあいつらは、福岡のみなさまの生命の安全をだいいちに、ってことになるのを、最初から読んでいるんだよ。死ね、このウジ虫ども。ゴキブリは自分がどうして秒速ノックダウンゴキジェットプロで殺されるのか知らない。問題は、守るべきものは何かということで、北朝鮮のあいつらはそれを骨の髄まで、パンパンに勃起した海綿体の一粒一粒まで知っているが、東京駅の夜をいろどる切ない雨に濡れたあいつはちんこのカスほども知らない。この戦いは、侵略者を殺す戦いであると同時に、少数者が死ぬのを見る戦いでもあり、誰でもあるとき少数者になるクリトリスクがあることを知る戦いになる。これは誰もあくびにもおくびにも出せないタブーだから、ぼくちゃんにしかわからない。それはぼくちゃんがいつころされてもおかしくない少数者としていきてきたからこそこそこそこそこそわかることで、おっかさんの子宮にいたころから自分は多数派だーいと思ってきたあいつは五億万回生まれ変わってもわからないだろう。

鳥のさえずりよりキムチのさえずりということわざがあったとパク・ミョンは思い出した。

政府としましては最善の努力をして全力で解決に取り組む所存です。そういった答えは質問に答えていない。嘘とごまかしだ。

対立だけが確かな現実という世界で生きてきたんだろうと横川は思った。対立だけが確かな現実、政治はそこで必要とされる。政治と言うのは利害が対立するグループや人間に資源をどう配分するかということに尽きる。利害の対立が明らかになって初めて交渉と言う概念が生まれる。横川の周囲の政治家たちがやっていたのは正確に言えば政治などではなかった。誰も高麗遠征軍と交渉しようとしないのは、相手が武器を持っているからではなく、交渉と言う概念がないからではないのか。

この一連の逮捕ですが、福岡の市民に理解され共感を得ていると思いますか。同乗している朝日新聞の記者が、チェ・ヒョイルにそう聞いていた。何と言う愚問だとチェ・ヒョイルは思った。こいつは侵略や武力制圧を何だと考えているのだろうか。平和使節団や人道奉仕団体と間違えているのではないか。支配する者は、被支配者に理解されるとか共感を持ってもらうとかいっさい考えない。考えるのはもっとも効率的な支配の方法だけだ。生存を許したほうが効率的だったら生かしておくし、殲滅したほうが効率的だったら皆殺しにする。殲滅したら国際世論から非難を受け間違いなく在日米軍が攻撃してくる。だからお前はこうやって同行取材を許され愚問を発しても生きていられるのだ。そう怒鳴りつけて、顎を砕いてやりたかったが、チェ・ヒョイルは忍耐を示し、そのことにつきましてあなたはどう思うでしょうか。と逆に質問した。

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