誰のためのデザイン? 増補・改訂版 ―認知科学者のデザイン原論 – D. A. ノーマン

この話の中のドアは、発見可能性がうまく働かなかったときに何が起こるかを示している。ドアであれコンロであれ携帯電話であれ、あるいは原子力発電所であれ、操作するときには重要な部分は、目に見えなくてはならない。また、何ができるのか、どこをどうすればよいのか、適切なメッセージを伝えなくてはならない。押して開けるドアならば、どこを押したら良いのかを自然に伝えるシグナルをデザイナーは提供しなくてはならない。そのシグナルは必ずしも美しさを損なうとは限らないだろう。ドアの押す側に縦長の板をつける。あるいは、支軸を見えるようにする。これらの縦長の板や支軸は自然なシグナルであり、どうすればよいかが簡単に分かるようにしているのである。ラベルは必要ない。

我々の家庭で使われるテクノロジーが理解できない振舞いをすると、混乱、フラストレーション、さらには怒りを引き起こしかねない。これらはすべて強い負の情動である。理解できるときは、制御感、支配感、満足感、さらに自尊心さえも得ることができる。これらはすべて正の情動である。認知と情動は強く結びついている。つまり良い製品を作るためには、この両方を頭においてデザインしなければならないということである。

製品を理解でき、使えるものにするための適切な情報を提供できるかどうかは、デザイナー次第なのである。

デザイナーにとって、本能的な反応は直接知覚に関係するものである。まろやかな調和のとれた心地よい音、あるいは粗い面を爪でこする耳障りで不快感を与える音。ここではスタイルが重要である。つまり、音や見た目、手触りや香りなどの外観が本能的な反応を動かす。製品が使いやすく、効果的で、理解しやすいかどうかとは何の関係もない。好まれるか嫌われるかがすべてなのだ。優れたデザイナーは、この本能的な反応を起こさせるために美的感覚を利用するのである。
エンジニアなどの理屈にこだわる人は、本能的な反応を不適切なものだとして撥ねつけがちである。エンジニアは自分の仕事の本質的な品質に誇りをもっており、「見た目が良いだけ」の劣った製品がよく売れていると失望する。とはいえ、我々すべてがこうした判断を下しており、非常に論理的なエンジニアでさえもそうである。だから、ある道具は好み、別のものを嫌ったりするのである。本当的な反応が重要なのである。

デザイナーにとって、行動レベルにおける最も重要な側面は、日常の行為が期待と関連付けられているということである。ポジティブな結末を期待すると、結果はポジティブな感情の反応となる。ネガティブな結末を期待すると、結果はネガティブな感情の反応となる。恐怖と希望、不安と期待。評価のフィードバックループの情報により、期待通りになったり、裏切られたりし、それにより満足や安心、失望や欲求不満が起こる。

何を学ぶにしても意識的注意が必要であるが、最初の学習の後、ときには数千時間から何年にも及ぶような継続的な練習や学びを続けると、心理学者が「過剰学習」と呼ぶ状態に至る。いったんスキルが過剰学習されると、動作は努力なしで行えるようになり、ほとんど、あるいは全く意識せずに自動的に行われる。

何かがうまくいかないときは人に過失がある、という考えが深く社会の中で定着している。それが、人が周囲や自分自身を責める理由である。<中略>しかし私の経験では、たいていのヒューマンエラーはデザインが悪い結果として起こるのであり、システムエラーと呼ぶべきなのである。人は絶えず誤る。

ありきたりの本や有名な人がスピーチする際に繰り返し現れる決まり文句に、我々がなしていることについて考える習慣を養わねばならない、というものがあるが、まったくの間違いである。真実はその正反対なのだ。そのことを考えなくても遂行できる重要な操作を増やすことで、文明は進歩する。

これらのことは大切なのだろうか。そう、大切なのだ。慣習を破るとよそ者、それも無礼なよそ者というレッテルを貼られてしまうのである。

航空業界では、安全のための不可欠なツールとして共同追跡チェックリストが広く採用されている。チェックリストは通常、飛行機の二人のパイロット(機長と副操縦士)によって行われる。航空業界では、チェックリストはその価値が証明されており、すべての米国の民間航空便で義務付けられている。しかし、その有用性を確認できる強い証拠があるにもかかわらず、他の多くの産業では、依然としてチェックリストに強く抵抗している。自分たちの能力が疑われているように感じるからである。その上、二人が関わっている時、経験が浅い方の人が、経験豊かな人の行動を監視するようになっている。これは多くの文化で、権威の序列を強く侵害する。

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