終盤のコリョとの戦いと爆破によりビルが崩壊するあたり、待ちに待っていたこともあり胸が踊った。同じシーンを映画で表現する方が容易に思うが(もちろん簡単なことではないだろうが)、ああいう場面を言葉で表現できるのは、さすがに小説家だ。バンコクのウェブマガジンやフリーペーパーなんかを見ても(読むではなく)、面白い表現に出会うことはない。そして僕が欲しいと思うような情報が書かれているわけでは決してないので、読むこともない。同じく言葉を生業にしているはずなのだが。
からだ中がヌルヌルのヤマダはモリに気づくと、やあ、ちゃんと来たんだね、と齧歯類のように微笑んだ。
その様子はニンジンと交尾の相手を同時に見つけたオスウサギのようだった。
酒は親しい雰囲気の中で飲まれることが多いが、親しい雰囲気というのは危険に充ちている。その場に蔓延した親しみに敬意を払わなければいけないし、同調することも必要だ。同調を示さないと罰を受ける。親しさが蔓延する場所では、単に一人でじっと考え事をしているだけで、どうしたんだ? つまらないのか、と責められて、そのあとあいつは暗いやつだと攻撃の対象になる。酒を飲む場所では、誰かが冗談を言ったときはそれがどんなにつまらなくても笑わなければいけない。ここにいるみんなは、居酒屋やスナックに集まって大声で笑いながら酒を飲んでいるような人間たちは抹殺しなければいけないと思っている。そしてほとんどのメンバーがすでにそれに近いことを実行した。
打ち合わせなんかでも、一対一でやると思っていたら、部下や嫁を連れてくる人間がいる。その前に連絡があれば、こちらもそういう場面を想定して行くのだが、すでにそこに相手の弱さと誠実でなさが見えてしまう。二人で腹を割って話そうよ、ということではないんだよな。
無理に抑えつけると狂気って圧縮されていつの日かそれが爆発するんだよ。正常と狂気って、実ははっきりと分かれてないのよ。念のために言うけど、正常位じゃなくて正常ね。ただ、狂気は自分の中にあるんだけど、正常さを象徴する共有感覚みたいなサムシングはどこかに浮かんでいるの。
金融にしても同じだね、国民の七割が飢えに苦しむような国家をさ、儒教の教えを上手に使ってね、情報を操作して、反抗するやつは殺して、外国から金をせびってさ、なんとか切り盛りしてきたわけだからさ、吐気がするけどね、そりゃある意味プロ中のプロよ。
修復したほうがいいとチョ・スリョンは思った。メンツをつぶされた人間は恨みを持つ。恨みは陰謀や犯行の芽になる。
スリョン、良い詩を書くことができる人間になりなさい。実際に詩を書かなくてもいい。ただいつでも書きたくなったときに良い詩を書ける人になりなさい。良い詩を書けるのは、自分の心の闇を見つめることができる人だ。強く美しいだけでは良い詩とは言えない。読む側の人の側に立った詩でなければ、本当の力はない。いいか、スリョン、読む人の側に立った詩を書くんだよ。
包茎の新兵たちも一緒に壇上に上がらされて、一斉にしごき始めて、壮観なものだよ。するとね、例の軍医殿がそわそわし始めるんだな。何しろ、古参兵のデカチンと、新兵たちの三、四十本のチンポが壇上でそそり勃ってそれがしごかれているわけだから、男色家としては至福のときなわけで、溜まりに溜まった白濁した液体が数十本のチンポの先から飛んだときにはだな、軍医殿は感動のあまり椅子から腰を浮かして、万歳と呟いたそうだ。
言葉遣いもていねいだし、驚くほど礼儀正しいが、それは排他的で閉鎖的であることの裏返しだ。外部と距離を置くだけではなく、外部を信用していない。
涙の別れ、永遠に続く愛、そして前提的な信頼などは嘘なのだとイシハラは教えてくれた。
一本目はわざとはずして犬に上を向かせたのか、とカネシロに聞かれて、内緒、とタテノは少しだけ微笑んだ。ターゲットを倒したことで興奮するわけでもなく、得意がるわけでもなく、当然だというように淡々としていた。まるで友達に頼まれて修理した大工のようだとシノハラは思った。
福岡に来る前に出会った連中はみんな何かをなぞっていた。温かな家庭とか善良な人間とか幸福な人生とかそれぞれにモデルがあって、みんなそれを模倣し、なぞっているだけだった。
愛情豊かに可愛がられた子供は大人になってから有利だ。人に好かれるし、性格に余裕のようなものが表れて就職にも影響がある。
そして何より彼女たちには子どもを育てている女性に特有のある種の正直さがあった。図々しさと言ってもいいかも知れない。可愛がり方はいろいろだが、みんな子供のことを第一に考えていて、お腹が痛いと言えば髪にカーラーをつけたまま病院に走っていくし、子供がおいしいと言ってお弁当を食べるのを見るだけで幸福な気分になる。若い母親はある時期子どものヨダレやオシッコやウンコにまみれながら過ごし、動物的な母性を獲得していくのだとある育児書に書いてあったが、まさにその通りだと思う。
夫の母親は、後悔と不幸と自尊心が顔の皺に埋め込まれているような女だった。わたしの言うとおりに生きればすべてが手に入るが、背くと何も得られないと脅しながら子どもを育てたのだろう。自分で考え、自分で判断して決定することには何の利益もないと刷り込んできたのだ。
そういった腐った大人たちから正しく生きろと言われても子どもは何のことかわからない。もちろん素直に従う子どももいる。だがそいつらは大人が正しいのだと自分で判断して従うわけではない。大人に従えば利益があって、従うのを拒否すると罰が与えられるのを知っていて、それから逃れているだけだ。大事なのは、今のヒノやタケグチみたいに、やらなければならない何かを見つけることだ。何もすることがなければ、腐ったものを見続け、腐った大人たちの言うことを聞き続けることになり、そしていつの日か大人に従い指示通りに生きたところで何の校風もなく、楽しくもなかったということに気づき、ネットで仲間を募集して自殺するか、ホームレスになるか、あるいはあきらめて大人の奴隷になってこき使われて、それで一生を終わることになる。
おじさんは、まあこんなもんだっぺと言って、必ずそのあとに、うまくいきすぎると早死すっぺ、と続けた。
自分がうれしかったり楽しかったりするよりも、自分が大切に思っている人がうれしそうにしたり楽しそうにしたりするのを見るほうが喜びが大きいということを兄たちは教えてくれた。
ちょっと導入部分だけ読んでみるね。一人の良い子が死ぬと、そのたびに天使がこの世に降りてきて、死んだ子を両手に抱きます。天使は大きな白い翼を広げて、生きているときにその子が好きだったあらゆる場所の上を飛んでいくのです。そして一握りの花を摘んで、その端がこの世で咲いていたときより、もっときれいに咲くようにと、天国の神様のところに持っていきます。神様がもっとも気に入った花は、声を与えられて、喜びのコーラスを一緒に歌うことができるのです。
その人が自分から話そうとしないことを聞くな、と教えてもらったからだ。