絶望名人カフカの人生論 – フランツ・カフカ、頭木弘樹

カフカの名があり、パラッとめくってみるとカフカの言っていたことが見られたので買ってみると、カフカの言葉の横に本書の著者のコメントが入っているという形態のものであった。

どうやらカフカはかなり繊細だったよう。今でいうHSPと呼ばれる類なのかもしれない。僕も自分がそうであるように思うが、最近は自分はHPSだとかADHDだとかいう人が目立つようになってきて、誰でもそういう側面があるから、そういう風に考えるのが面倒になってやめた。

バルザックの散歩用ステッキの握りには、
「私はあらゆる困難を打ち砕く」と刻まれていたという。
ぼくの杖には、「あらゆる困難がぼくを打ち砕く」とある。
共通しているのは、「あらゆる」というところだけだ。

ぼくはひとりで部屋にいなければならない。
床の上に寝ていればベッドから落ちることがないように。
ひとりでいれば何事も起こらない。

ぼくは、ぼくの知っている最も痩せた男です。
体力はないし、夜寝る前にいつもの軽い体操をすると、たいてい軽く心臓が痛み、腹の筋肉がぴくぴくします。

誰でも、ありのままの相手を愛することはできる。
しかし、ありのままの相手と一緒に生活することはできない。

最後の家族 – 村上龍

村上龍 2003年の作品。
随分前の作品だが、自立の話など普遍的。

強い人が何かするのだと思っていたが、そうではないと思うようになった。何かすることで、否応なく強くなる場合もある。知美をいじめる者は誰もいなくなった。やりたいことをやっていいのだとわかった。

大工とか、職人は、いい人が多いよ。単純だから。でも、何て言うか、態度が横柄なやつも多いんだ。現代の大工は、腕も確かで、かつ紳士的でなきゃね

とにかくおれたちの世界では、いろいろとまわりに気を遣うヒマがあったら、板の一本も削っちまったほうが金にもなるってことだよ。

前にも話したと思うけど、オヤジは印刷所で働いてて、毎日毎日同じ仕事で、家じゃ愚痴ばっかり言ってたから、勤め人はいやだったんだよ

からだも精神もボロボロに疲れているときには激励や慰めは役に立たない。好きだ、という言葉や仕草だけが、からだn皮膚の内側から自分を支えてくれるのだと思った。

そういった仲間とは、どうしても話さなければいけないことを話していたわけじゃなかった。
ただ、そういうグループは大事だ。たとえば兄のことで落ち込んでいるときに、みんなでどうでもいい話をしていると、一時的にいやなことを忘れることができる。そういうグループから追い出されたり、いじめに遭うのは恐い。いやなことをずっと自分一人で抱えていなければいけないからだ。
でも、小学生から年寄りまで、ずっとそういうグループを作って生きていかなければいけないのだろうか。年寄りはよく公園で集まって話したりゲートボールをしたりして、グループを作っている。子連れのおかあさんたちも公園でグループを作っている。テレビのドラマを見ていると、OLにもそういうグループがあるようだ。大学へ行っても、就職しても、結婚しても、年寄りになっても、そういうグループの中に入って生きていかなければならないのだろうか。グループの欠点は、みんなに合わせなければいけないということだ。何となく自分は大学に行くものだと決めていた。わたしは何をしに大学へ行くんだろうか。単に一緒に居酒屋に行って楽しくはしゃぐような、そういう新しいグループを見つけるために行くんだろうか。

自分の仕事の話で悪いんだけど、宝石のデザインというのも、コミュニケーションだと思うんだ。自分のデザインで、見る人や、お客さんに何かを伝えるわけでしょう。だから、奇をてらうっていうか、変わったデザインで、単に目立っても、意味がないんだよね。この指輪は変わってるねって言われるために、デザインしているわけじゃないんだからね。この指輪はきれいだねとか、この指輪は魅力的だねって、言ってほしいわけだから、自分がデザイン的にやりたかったことが伝わらないと意味がないわけ。相手に伝わらないと意味がない。それが全てだと思うな。

人が多いときは、あまり切実な話はできないんだよね

「辞める、っていうのと、誰かがおれを辞めさせようとしている、って全然違うでしょう。辞めようかなっていうのは、自分が一度選んだことだっていうのが、曖昧になってしまうんだよね。別に最初からそんなにやりたいわけじゃなかったし、って思えるんだよ。単調な仕事に飽きて、いやになったときに、どう思うかだよ。自分はこの仕事をやりたい。でも誰かがぼくを辞めさせようとしている。そう思うようにしたら考えが変わったんだ。」

疲れているだけでは人間は怒りださない。プライドが脅かされる。つまり生きることに困難を感じたときに人は怒り出すのだと、カウンセラーに教えられたことがある。

何がどう変わったのかはわからないが、強くなった感じがする。そして遠くなった感じもする。

近藤は、自分の決断と、わたしの決断を、ごちゃまぜにしていない。近藤の決定は、近藤のものだ。

決めるのは自分だ。

自分の考えを人に言えなかっただけではない。自分の考えを人に言うということがどういうことか、わかっていなかったのだ。

他人のことは放っとけばいい。だからおれのことも放っといてくれ。それが引きこもりを支える基本原則だ。それは正しい。他人のことは放っとけないーどうやらそれがこの社会の原則らしいが、それはクソだ。

自販機の横にゴミ箱があった。ベージュ色の容器に、缶・ビンと、白い文字で表示された二つの穴がある。穴は花束を突き刺すにはちょうどいい大きさだった。

でも、元気の反対は疲れてる、ってことだろう

対等な人間関係には、救いたいというような欲求はありません。

喪失感は、離れていった大切な人間の記憶を、心のどの場所に仕舞っておくかを決めるために必要なのだと言われた。

スイミー -レオ・レオニ

谷川俊太郎氏訳

みんなもちばをまもること

色々とやりたいことが増えてきている。
己の立てるところを深く掘れ。結局これなんだと思うが、やってみないことには納まりがつかないからな。

ルポ新大久保 移民最前線都市を歩く – 室橋裕和

昨年は半年くらいを日本ですごして、実家で親の様子をみながらずっといるのに疲れると新大久保に宿をとって2,3日を過ごした。

https://masatoshigoto.asia/after-the-4th-year

1度目に行ったときから、その雰囲気にやられた。
どうも日本っぽくないのだ。日本人以外の人たちがたくさんいて、店も多種多様。弁当が290円で売っていたり、コンビニで働く人たちも上手な日本語を話すが、どこか別の国の人。とにかく、この街が気に入って、日本で暮らすことがあるとすればこの街にしようと思って、通りの不動産屋の看板を見て、当たり前だがバンコクとは比べ物にならないくらいに高くて、すぐにやめようと思い直した。今あたらめて思う、こうしてバンコクで衣食住の必要な支出を少なく、仕事ができているのは、とにもかくにもまずは幸せだなと。

ものすごい寝ぐせの髪の店主は、ニトリの中古らしきキッチンカウンターを適当にメジャーで測ると、「これ1万6000円だけど…1万5000円、いや、1万3000円でいいや」と、アバウトにディスカウントしてくら。
代金を払うと、配達するので名前と住所、電話番号を書くように言われる。手渡されたのはチラシの裏っかわであった。僕の住所見た店主は、
「あ、近いね。午後には持ってけるよ。2時くらいね」
きわめてイイカゲンな口約束やや不安を覚えたが、配送料は無料だというl.

ナゾの中国人とふたり、えっちらおっちらキッチンカウンターを運ぶ。狭い廊下や曲がり角では思いっきりぶつけてしまうが、彼に気にする様子はまったくない。この程度で怒るやつはきっと、この街に住んではいけないのだろう。
これまた狭い部屋を苦心して大きな荷物を運び入れると、お互いにこの寒い中、汗をぬぐって笑いあった。

日本という「外国」で暮らす、いろいろな国からやってきた人々の姿。日本に急増しているという外国人。そのひとりひとりの顔が、この街ではよく見える。

彼女はまたにんまりと顔全体で笑うと、薄暗い店が一気に東南アジアの湿度を帯びたような気がした。

籠絡

ろうらく

かまびすしい声

住民の40%が外国人

新宿区34万6643人のうち外国人3万8352人(外国人率11.1%)、日本全体となると人口およそ1億2600万人のうち、外国人283万人(外国人率2.2%)だ。大久保界隈がいかに突出した外国人エリアであるかがよく分かる。

一方でベトナム側では「海外雄飛」を、是非はともかく推奨してきた。在外ベトナム人からの送金が、GDP(国内総生産)の6%を占めるまでになっていたからだ。

4月の下旬になると、新大久保駅のすぐ西側にある皆中稲荷神社で小さなお祭りが開かれた。つつじ祭りだ。境内には屋台が並んでいるのだが、そのラインナップがタイ料理であり、ケバブや台湾料理であるのがいかにも新大久保だ。タイの屋台のおばちゃんなんて、浴衣姿で日本人の子どもたちに日本語で声をかけ、マンゴージュースやパッタイ(タイ風の米麺焼きそば)を売っている。

そこで日本政府は、中国人や韓国人の穴埋めとして、東南アジアや南アジアに目を向けるようになる。とくに海外志向の強いベトナム人やネパール人を対象にビザの要件を緩和した。これを機に、いままでなじみのあまりなかった国々の若者が、日本全国に増えはじめるのだ。

中には日本人より日本語が達者な人だっている。むしろ、日本語は少し分かるけど、英語はぜんぜんわかりません、なんて人も珍しくはない。第一、ここは日本なのだ。
「どれだけ外国人のお客さんが増えようと、ここは日本の八百屋なんです。それはもう、ずっと変わらないスタンスです」

新宿八百屋

この八百屋の看板は、新大久保に通っていた頃に僕の目を捉え、それから新大久保をテクテクとあるき回り、面白い看板を探すきっかけになった。

「はじめに雇う時に言ってあるんです。日本語でしか接しないよ、って。それでも頑張れば日本語は上達するし、収入にもなるからと」

そのひたむきさは、いまの日本人には欠けてしまったものなのかもしれない、あるいはもう日本人には必要なくなってしまったものなのかもしれない。そんなことも荒巻さんは言う。

「28万円」
まじで!? 思わず声が大きくなった。フランス人だというお客が振り返る。腹の立つことに若いイケメンで、チャンちゃんがいつもより1オクターブ高い声で接客しているのがさっきから気になっていた。「バケモノガタリ」がどうとか日本語で盛り上がっている。アニメの話らしい。
「私がいるでしょ」
「はい」
僕の視線に目ざとく気づいたトゥイさんにたしなめられる。あの若造はともかく、この店にも最近はそこそこお客が入っているので、ほっとする。

「習うより慣れろ。日本で教えてもらった言葉です。ベトナムでも同じですよね」

自分の主義主張を世の中に広く問える面白さがある。

「自分にはなにができる? それ考えるでしょう。なんだったら仕事になるか。そしたら私、お客さん相手にすることだと思ったよ」

でも、店を開けていればいやな客も来るだろう。とくに日本人は、なぜだか上から目線のおじさんが多い。僕もあるバイドのチャンちゃんに執拗なセクハラをする日本人のジジイに腹を立てたこともある。心配になるが、
「私、誰でもOKだよ。どんなひととでも楽しくやれる」
なんて自信たっぷりに笑うのだ。

「勉強もしたかったけど、それよりも日本で生き抜くこと」

はっきりとは言わないが「なんでガイジンが」と心ない言葉を浴びせられることもあったようだ。

店はもう7年目に入り、街にすっかり定着してきた。しかし店名の由来を知る人はあまりいない。「おかやま」とは、岡山ではないのだ。漢字で書くと「お母山」となる。お母さんの山なのである。
「お母さんの愛情って、山みたいでしょう。大きくて、高くて。そんな気持ちを感じられる店にしようって、お父さんとふたりで決めたの」

まずは信用を得て、人間関係をつくり、それから店に来てもらうというわけだ。地道な営業努力なんである。なんだか地方の信用金庫のようだ。
「一度信頼してもらえると、今度はお客さんが友達や仕事仲間を連れてきてくれます。口コミやSNSで宣伝してくれることもあります。広告を出したりプロモーションを打ち出すよりも、新大久保ではまず人間関係なんです」

こうした海外送金の市場規模は全世界でなんと70兆円。日本でも年間取扱高は9000億円にのぼるという。

深夜特急1 ー 香港・マカオ – 沢木 耕太郎

yotubeで大沢たかおの深夜特急があがってきて、観てみると久しぶりに読みたくなり本棚から。
ドラマの方の大沢たかおがずいぶんと若かった。あの頃は少し年上に見えていたように思う。

パスポートと現金だけは、パンツの中にしまったり、首から吊るした革袋に入れたりして、しっかり抱いて寝る。それは同室者を疑うとか疑わないの問題ではなく、あとでごたごたしないための、ドミトリー暮らしをする者の最低限のエチケットといってよかった。

仕事でもなんでも同じ。あとで面倒にならないように、やるべきことってのがある。それを信頼してるからとかなんとか耳障りのいい言葉を並べてズボラにして、後で何かあれば、馬鹿な犬のように怒り出す。こういう気配りができないやつは駄目。

香港には、光があり、そして影があった。光の世界が眩く輝けば輝くほど、その傍らにできる影も色濃く落ちる。その光と影のコントラストが、私の胸にも静かに沁み入り、眼をそらすことができなくなったのだ。

持てる者が常に豊かで、持たざる者が貧しいかといえば、それはそう簡単なことではない。<中略>自分が情けないほどみじめに思えてくる。情けないのはおごってもらったことではなく、一瞬でも彼を疑ってしまったことである。少なくとも、王侯の気分を持っているのは、何がしかのドルを持っている私ではなく、無一文のはずの彼だったことは確かだ。

だが、一指も触れなかった女にどうして助平などと罵られなければいけないのだろうと言おうとして、そうか、だから助平なのか、となぜか深く納得してしまった。しかし、あそこで突如として麗儀に襲いかかったとしたら、助平とは言われなかったろうか。いや、言われたろう。でも、どうせ同じように助平と言われるのなら、どうしてあの時…と後悔したが、文字通りあとの祭りだった。麗儀は二度と私の部屋に遊びに来ることはなかった。

身体の関係を持ってしまうと、その後の生活でも関係を持たないわけにはいかなくなるから、気軽に手を出したり出来ないとか、自分を強く律したが、実際のところそんなこともなく、1度きりで終わっても互いによければ良いし、1度関係を持ったあとでも、身体の関係なしに、食事などに行くこともできるということが分かった。互いが良ければ何でも良いのだ。あまり一般的な考えに支配されないほうが良い。

ゴアとマラッカとマカオ。それらはいずれもポルトガルのアジア貿易の前進基地としての役割を果たしところである。

行け! 稲中卓球部 – 古谷実

イラストを描き始めると漫画に意識が向くようになった。
上手な絵を描くのにデッサンをはじめたが、上手な絵だけで面白い絵が描けるわけではない。

面白い絵とはなんなのだ?

失礼な話かもしれないが、この稲中の2巻を読んでいると、この当時古谷実氏の画力は高いレベルのものではないと思う。しかし、読んでいて笑ってしまったり、とても2020年では許されない内容に考えが巡ったり、面白い作品なのだから、上手な絵が面白い絵の必要条件でないことは間違いない。

とはいえ、NOT SKILL, BUT SKILL というもので、上手な絵が描けないと面白い表現ができないことは多分にある。さらに、これもスキルに含まれるのだろうが、道具に慣れ親しむということも可能性を広げて、今の僕だとiPadのProcreateにApple Pencilで描いているのだが、なかなか絵の具や鉛筆では出せない表現が容易にできて、これはProcreateでなければやれないのだから、これを使ってよかったと思う。しかしながら、これにまた逆説がでるわけだが、ビックリマンシールを描いている作家の方は、アプリケーションの名前は忘れたが、「これに慣れているから」という理由でフリーハンドだか何かバージョンアップの止まっているものを使っていて、弘法筆を選ばず、という考えもある。

「京子ちゃん ほら見て見て
イカのニオイんおするマツタケだよぉ!!」
とにかくすごい内容。

山の音 – 川端康成

11月に入るとイラストを描いて、たくさんの人に見てもらえる機会ができた。
ギャラリーで高い金額を支払って展覧会をやって、絵が売れたって半分をギャラリーに持っていかれるような見せ方をするよりも、今のやり方の方がずっと多くの人に見てもらうことができる。

そういうわけで、ここでのイラストはしばしお休み。

岩乗(がんじょう)

頑冥(がんめい)

頑固で考え方が柔軟さを欠き、物事の道理がわからないこと。

はっきり手を出して妻の体に触れるのは、もういびきをとめる時くらいかと、信吾は思うと、底の抜けたようなあわれみを感じた。

頂上の木々のあいだから、星がいくつか透けて見えた。

具合よく

ここでは貞操観念が失われているのではない。男は一人の女性を愛しつづける苦しさと、女が一人の男を愛する苦しさに堪えられず、どちらも楽しく、より長く相手を愛し続け得られるために、相互に愛人以外の男女を探すという手段。つまり互いの中心を堅固にする方法として…。

近頃の娼婦である。背を丸出しにして、布のサンダルをはき、いい体である。

あの野生の娘が一尾の伊勢海老をどう料理して、外人に食わせるのだろうか。

陰った(かげった)

三十幾年後の今、信吾は自分たちの結婚がまちがっていたとはお持っていない。長い結婚生活は必ずしも出発に支配されない。

幸福に見える嫁を好いて、不幸に見える娘をきらうように聞こえた。残酷な悪意を含むかと疑われるほどだ。

菊子は信吾の年齢の心理まで邪推はしない。信吾を警戒もしない。

「私が通弁してさしあげますわ。」
「通弁か。どうせばあさんのひとりごとなんだろう。」

父は家の相続人なしに、残生を送る決心をしたものとみえる。

面映(おもば)ゆい

きまりが悪い

「しかし、女にはどの女の気持ちもみな分ると思うのもどうかね。」

頓死

にわかに死ぬこと。急死。

「気ちがいには年齢はないさ。われわれも気が違ったら、大いに若返るかもしれないよ。」

自分はあんあに絶望的な愛情をこめて、妻の名を呼んだことが、一度だってあっただろうか。外地の戦場にいた修一の、ある時のような絶望も、おそらく自分は知らずに来たのだろう。

年寄りの冷水と早起きは、いやがられますよ。

顔はみっともないが、乳房は色も白くて、みごとである。

当時の日本でも色白が良いとされているよう。

「男も女も書き置きするのは、若い人の心中ですよ。それも、いっしょになれないのを悲観してとかいう…。夫婦なら、たいてい夫が書けば、それでいいし、わたしんあどがいまさらなにを言い遺すことがあります?

当時の日本人は男性も女性もこういう考えだったのだろうか。きっとそうだったのだと思う。それから急に男女平等や女性の社会進出となったのだろうから、うまくやれない男女が出てくるし、日本の場合、そちらの方が多いように思う。

菠薐草(ほうれんそう)

行李

(こうり)とは、竹や柳、籐などを編んでつくられた葛籠(つづらかご)の一種

乳房は柔らかいままだった。張ってこないのは、女が信吾の手に答える気もないのだ。なんだ、つまらない。

「なんだ、つまらない。」というのは、森鴎外の死ぬ時の言葉だったと、信吾は気がついた。

人事を尽くして天命を待つんだな。

インド旅行記〈1〉北インド編 – 中谷美紀

なんだか忙しくなって、本を読むことが極端に減っていて、気軽に読めそうな本が古本屋で目についたので手にとってみました。
そういえば園子温の映画でヌードになっていたなと、女優=ヌードという中学生のような発送で恐縮だが、読み終えて調べてみるとそれは水野美紀であった。
中谷美紀はドイツ人の男性が夫で、水野美紀はイラストレーターが夫。どちらもきれいな人である。

近くのソファーに座っていた日本人の若い女の子ふたりが、猫が鳴くような高い声で、インド人の男性と嬉しそうに話しているのを見て、この声のせいで日本人は甘く見られるのだと改めて思い、

絵葉書は自分にとっても必要なものだったから、フェアトレードになったかどうかわからないけれど、よしとしよう。

時折暴動が起こるので、安全のために各宗教の信者同士が身を寄せ合って近くに住むのだという。

仕事に生きがいを見出す者もいれば、酒やタバコもしくは人に依存して心の空虚さを満たす者もいる。自らを犠牲にして人に尽くすことで救われている人間もいれば、人を傷つけることで癒やしを得る人間もいる。人知れず祈りを捧げる人もいるだろうし、なりふり構わず神仏にすがる人もいるだろう。