山の音 – 川端康成

11月に入るとイラストを描いて、たくさんの人に見てもらえる機会ができた。
ギャラリーで高い金額を支払って展覧会をやって、絵が売れたって半分をギャラリーに持っていかれるような見せ方をするよりも、今のやり方の方がずっと多くの人に見てもらうことができる。

そういうわけで、ここでのイラストはしばしお休み。

岩乗(がんじょう)

頑冥(頑冥)

頑固で考え方が柔軟さを欠き、物事の道理がわからないこと。

はっきり手を出して妻の体に触れるのは、もういびきをとめる時くらいかと、信吾は思うと、底の抜けたようなあわれみを感じた。

頂上の木々のあいだから、星がいくつか透けて見えた。

具合よく

ここでは貞操観念が失われているのではない。男は一人の女性を愛しつづける苦しさと、女が一人の男を愛する苦しさに堪えられず、どちらも楽しく、より長く相手を愛し続け得られるために、相互に愛人以外の男女を探すという手段。つまり互いの中心を堅固にする方法として…。

近頃の娼婦である。背を丸出しにして、布のサンダルをはき、いい体である。

あの野生の娘が一尾の伊勢海老をどう料理して、外人に食わせるのだろうか。

陰った(かげった)

三十幾年後の今、信吾は自分たちの結婚がまちがっていたとはお持っていない。長い結婚生活は必ずしも出発に支配されない。

幸福に見える嫁を好いて、不幸に見える娘をきらうように聞こえた。残酷な悪意を含むかと疑われるほどだ。

菊子は信吾の年齢の心理まで邪推はしない。信吾を警戒もしない。

インド旅行記〈1〉北インド編 – 中谷美紀

なんだか忙しくなって、本を読むことが極端に減っていて、気軽に読めそうな本が古本屋で目についたので手にとってみました。
そういえば園子温の映画でヌードになっていたなと、女優=ヌードという中学生のような発送で恐縮だが、読み終えて調べてみるとそれは水野美紀であった。
中谷美紀はドイツ人の男性が夫で、水野美紀はイラストレーターが夫。どちらもきれいな人である。

近くのソファーに座っていた日本人の若い女の子ふたりが、猫が鳴くような高い声で、インド人の男性と嬉しそうに話しているのを見て、この声のせいで日本人は甘く見られるのだと改めて思い、

絵葉書は自分にとっても必要なものだったから、フェアトレードになったかどうかわからないけれど、よしとしよう。

時折暴動が起こるので、安全のために各宗教の信者同士が身を寄せ合って近くに住むのだという。

仕事に生きがいを見出す者もいれば、酒やタバコもしくは人に依存して心の空虚さを満たす者もいる。自らを犠牲にして人に尽くすことで救われている人間もいれば、人を傷つけることで癒やしを得る人間もいる。人知れず祈りを捧げる人もいるだろうし、なりふり構わず神仏にすがる人もいるだろう。

自分の薬をつくる – 坂口 恭平

一度書いたのだが、サーバー移行の際にこの投稿だけ消えてしまった。。残念。

薬は基本的に毎日飲むものである。毎日続けて気持ちのよくなる日課を見つけよと。
薬だからたまに1日くらい忘れたってどうってことないというのが良い。
意気込んで、忘れたことによってやる気が失せたりすることがない。

もっと知りたいセザンヌ 生涯と作品

ここでは毎回イラストを描くようにしているので、セザンヌの林檎をイラスト風に描こうとして下絵をかこうとしたのだが、シャープペンシルではじめるとそのまま手を動かしてしまい今回はこういうかたちの絵に。約30分。4,5年前にアカデミックな絵の描き方を学び始めた頃はとにかく時間がかかっていたが、気づくと作業スピードがあがっていた。

7月31日に隔離生活が始まってから、模写をすることにして、早寝早起きも身につき、この1ヶ月くらいは朝起きてまずは湯に浸かってからストレッチと軽い運動。それを経て絵を描く時間が取れている。5:45分に起きられれば朝から2時間くらい絵が描ける。これがすこぶる調子よくて、絵もうまくなるし、1日もうまくいく。

感動を持つ者のみが与えうる衝撃をあなた方の芸術に刻みつけなさい

ルーブル美術館は者の見方を教わる良書ではあるが、急いで美術館の外に出て、それまで見た者を一切忘れ、自分の目で自然を眺めて強烈な感覚を全身で受け止めなさい。

デッサンや模写で技術をあげて、観察力を上げるのはいいが、自分の絵を描くことに戻らなければいけない。それは分かっている。しかし今は技術をあげることに費やす。

林檎ひとつでパリを征服してやりたい

セザンヌは父親の力で兵役を逃れ

セザンヌの父親はかなりの大金持ちだったようだ。

モチベーション革命 稼ぐために働きたくない世代の解体書 – 尾原 和啓

まず、なぜあなたは、出世や金銭的な成功というニンジンを目の前にぶら下げられても走らないのでしょうか?

快楽・没頭・良好な人間関係・意味合い・達成

今は「どう遊ぶか」までを、提案してあげなければなりません。相手の潜在的な欲求を見つけ出して、体験をプロデュースしていくのが、これからの仕事なのです。

自分の遊び方くらい自分で探せと思うけど、実際に自分の好みを自分で見つけられない人が少なくなさそうで、ほとんどの人はひょっとするとそういう種類の人間なのかもしれないと思うと、そういう人らを見下すこともないのかもしれない。

「●●撮るならここから撮れ」とかいう記事なんかもあって、それをフォロワーの多い人間が発信するとそれが正解になって、皆その写真を撮りにその場所へ言って、そいつが言ってた角度から同じ用な写真をとって、同じ様にSNSにあげる。どっちを見てもバカが雁首揃えてるんだから、これを見下すこともないとはやっぱりボクは言えない。見下すこともないというのは、どうでもいいってことで。

自立とは、依存先を増やすこと

愛と幻想のファシズム(下)- 村上龍

下巻のかなりはじめの方に思っていたよりもうんとあっけなく、ゼロの言葉が出てきた。5ページ目。
そしてゼロの言葉だと記憶していたが、ゲッペルスの言葉。
また、広告でなく宣伝という言葉を選んで翻訳している意味は何か、この先の疑問とする。

ゲッペルスは、宣伝を次のように定義しています、『どんな種類の宣伝が有効か、また逆に無効かを決定する理論上の公式はない、望んだ結果を生み出す宣伝がよいのであり、それ以外はすべて悪い宣伝である、たとえどれほど魅力があってもである、宣伝の任務は、人を楽しませることではなく、結果を生み出すことにある……』

40ページくらい?、これもかなりはじめの方、クロマニヨンが福島兄弟を襲う辺りから気づくと引き込まれていた。空の浴槽に入って、シャワーから熱い湯を出して、湯をためながら本を読むのが習慣なのだが、気づくともう少しでお湯があふれるところまできていて、村上龍が「半島を出よ」の球場でロケットランチャーを撃つシーンを取り出して、「こういうのを書かせたら俺は得意だから。書けちゃうから。」というようなことを言っていて、半島を出よを書いた時よりももっと若かった村上龍の感じがたまらなく思う。そういう台詞を言うことに少し抵抗を感じてしまいそうになるが、そうではないのだと思う。矢沢永吉も「自分のことをできるんだって言ってやらなきゃダメだよ」と謙虚なのか自身がないのかで「ボクのはたいしたことじゃないけど、なんていうならやめちまえ」と。

たまに「カンブリア宮殿」が面白くて見るのだが、今の村上龍は当たり前だが、年を重ねていて、それは同じだけボクも歳を重ねているのだが、もう今の村上龍にはこういう作品は書けないし、別に書こうとも思わないのだろう。何かというと今、今の自分がやれることを全力で出していくっていう当たり前のことしかやれないんだなと思った。

結局、ゼロが言うゲッペルスの言葉が再確認できてから、どうも気が乗らなくなり、福島兄弟を襲うシーンが終わると読む気がなくなって半分くらいで読むのを止めにした。

狩猟者が数ある政治結社の中でも群を抜いた戦闘部隊を持つことを示しました、組織の結束はより強固になり、支持者も増やすことができたのは、何よりも『クロマニヨン』の攻撃精神だと思うのです。

ゲッペルスは、ヒトラーからベルリンの体管区長に選ばれて、『アタック』という気管支を発行しました。

相互依存は恐ろしい勢いで進んでいた。日本人はそのことに最も無知な民族だった。南の人々、第三世界の人々、アジアの中進国の人々はよく知っていた。彼らは痛めつけられていたからだ。自分たちの怠慢や失敗だけが、不幸の原因ではないのだと、よくわかっていた。

無条件降伏とは何だ? それも、本土決戦もせずに…ナチスドイツはしようがないよ、ベルリンが落ちたんだから、もう戦いようがない、しかし日本は違う、オレは今でもプライドを持てないね、たかが原爆二個で降伏しやがって、米軍は日本上陸に関して米兵の死者を五十万と見ていたというから、どうしてギブアップしたんだ? ベトナムごとき小国が勝った例もあるんだぜ、それほど侵攻作戦は難しいんだ、米軍の戦死予測は正しいと思うよ、それなのに、どうして平気で降伏したの?

ゆっくり、いそげ ~カフェからはじめる人を手段化しない経済~ – 影山知明

Takramキャストで聴いて。Takramから得られる情報は、例えばAutomagicから得られる情報とは種類が違って、Automagicではより技術的なことやWEBとビジネスをどううまくやっていくかというようなどちらかと言うと鋭い部分を持った情報で、かたやTakramの方では、優しく生きていくために仕事や経済活動とどう共存するかというような、心の柔らかいところを擦られて温められるような感じになる。

「急がばまわれ」と言ってもいい。目的地への到達を急ぐのであればあるほど、むしろ目の前のこと、足元のことを一つ一つ丁寧に進めた方がいい。もしくは一つ一つ丁寧に進めていけば、存外早く目的地に到達できるものだ。

例えば、お店の評判や認知度を上げたいと思うとき。一つの方法は広告宣伝費を大量に使うことだが、実はそれよりも、お店を訪ねてくださるお一人お一人に丁寧に向き合うことを積み重ねていった方が、長い目で見たら近道ということは大いにある。かと言って、のんびりやっていればいいということでもない。一つ一つ、一かき一かきには全力を尽くす。

また、少しトーンは違うものの、近年では「降りていく生き方」「減速生活者(ダウンシフターズ)」といった言葉まで登場し、競争社会から少し離れ、少ない消費で、少ない収入でも等身大の充足感を実現する暮らし方の提唱も起こっている。

ぼくは常々、この中間がいいなと思ってきた。

一般に、不特定多数の、顔の見えない参加者を想定した市場では、複雑な価値の交換は成り立ちにくい。それが「多くの人に、普遍的に認められる価値」である必要があるからだ。 結果、「お金」「金銭的価値」への収斂(しゅうれん)が進む。同じモノなら安ければ安いほどいいという具合だ。ところがこれが、「私」と「あなた」のような顔の見える関係となれば必ずしもそうではなくなってくる。他の人がなんと言おうと、それが世の中一般に受け入れられている価値ではなかったとしても、「私」がそこに価値を認めるのであれば、「あなた」との間で交換が成り立つ。

経済学は、自己利潤を最大化させようと行動する主体をその前提として置いている。そして実際、そうした緊張感のある「交換/取引」の積み重ねが結果として社会の生産性を高め、ものの値段を安くし、便利や革新をもたらすという説明もそれはそれで理解しているつもりだ。 ただ、社会のすべてが、こうした「取引/交換」にで埋め尽くされていなくてもいい。

もしくlはお店に返ってこなかったとしても、その「受け取った」ことによる「健全な負債感」は、その人をして帰り道に路上のゴミをも拾わせるかもしれないし、電車でおばあさんい席を譲る気持ちにさせるかもしれない。

そもそも人が銀行にお金を預ける理由とはなんだろうか。それには振込など決済の利便性という利便性もあるだろうが、一つの理由はきっと「利子がつくから」だ。また、人が株を買う理由は「配当や値上がり益を期待して」。つまり、世の中のこうしたお金のやり取り(金融取引)では、そのほとんどがテイクを動機としている。となるとお金を預かる方も預かる方で、合わせ鏡のように振る舞うことになる。同じお泣けを受け取るなら、やり取りにかかるコスト/労力をできるだけ極小化しようとする。結果、「窓口よりATMへ。ATMよりネットへ」と推奨することになる。

お返しするのは、まず何より「約束に違わないお店」としてぼくらが日々在ることだろう。そして、特定多数の応援コミュニティに支えられたお店は経済的にも成長し、数年後、結果的に預かった以上のお金でお返しをできるようになるかもしれない。

習慣化する「利用し合う」人間関係

自分が目の前の相手に、どう力になれるか。「支援する」姿勢は一面において利他的な行為であることは事実である。ただそれは、「自分の利益を犠牲にする」ことと必ずしもイコールではない。「支援する」姿勢は、相手の「支援する」姿勢をも引き出すことで、多くの場合自身に返ってくる。昔からの知恵にならって言えば「情けは人のためならず」。

組織のために人がいるわけではない

それは「人に仕事をつける」ということでもある。誰か特定の人に合わせて仕事が生まれ、その人を失うとその仕事自体が失われる。経営学の教科書ではむしろ逆のことを教えられる。「仕事に人をつけよ」と。なぜなら、仕事を属人化させてしまうことで経営が不安定なものになるからだ。確かに、誰かが風邪を引く度に飛行機が飛ばなくなってしまうようでは一大事。そうせねばらなない仕事の曲目はたしかにあるだろう。
ただ、「仕事に人をつける」ー それを突きつけていくと人はどんどん「替えのきく」存在になっていく。Aさんがいなくなっても、何事もなかったようにBさんが現れその役割を代替する。BさんがいなくなったらCさんが。そうして組織は淡々と回っていく。しかしそのことを徹底すればするほどメンバーにとっては、「自分なんていなくなったって誰も困らない」と、自分の存在意義自体への疑念にたどり着く。

「自分の主体性が発揮でき、大変だけれどよろこびがあって、経済的にも持続可能(かつ成長可能)」。

CSRとは、「利用してきた者」による「利用されてきた者」への還元活動である、と。

今は金銭的な価値を追求すること、GDPを成長させることを(半ば無意識的に)目的として人が働いている。ただ逆説的だが、そうしようとすればするほど人の仕事の中身は空っぽになり、経済成長は遠ざかり、気が付けば日本の一人当たりのGDPは世界24位と落ち込んでいる(2013年)。

そこで、やり方を変える。
お金のために働くこと、お金のための経済を止める。お金以外の価値の大事さを見直す。一つ一つの仕事に、時間と手間をちゃんとかける。自分の目的のために目の前の人を利用するのではなく、支援するために力を尽くす。
こうした経済の有り様は、お金以外の価値を含めた「価値の総和」を大きくする方向に寄与するのみならず、実は人の可能性を引き出して、仕事の内実を高め、結果として長い目で見たときに世の金銭的価値そのものを大きくする方向にも働くのではないかと考えている。

あくまで仮説だ。

小さな会社のブランド戦略 「生き方」と「働き方」が一致するビジネスモデル – 村尾 隆介

事業を通じて、
「業界の、こんなところを変えていきたい」
「こういう顧客層に喜んでもらいたい」
「社会に存在する、あの問題を解決したい」
「この国を、少しでもこんな風に変えていきたい」

うちの会社の使命は、
・成熟していないタイのWEB業界を少しでも良くしたい。
・日本企業に限らず、タイ企業も中小企業、個人も助けられるのでれば力になりたい
そのためにやり続けていきたい。

http://phangan-traveler.com

書籍で紹介されていたパンガン・トラベラー。同じタイで企業をしてやっているということで興味をもってページを見たが、これがそう?

愛と幻想のファシズム(上)- 村上龍

小説の中でゼロが言う台詞を確認したくて3度目の愛と幻想のファシズム。
目的の台詞は上巻には出てこず、下巻に持ち越し。
ハードカバーで買うと、装置が横尾忠則氏。

「わたしも一度だけ行ったことがある、旅としては最高だよ、北極海を見るんだ、きっと何かを感じるよ」

チャイコフスキーのバイオリンコンチェルト

罠師アルバート・ジョンソン

実在の人物のよう

樵(きこり)

この男はおそらく未熟児で生まれたに違いないと俺は思った。未熟児が生き残るのは動物園の動物か人間だけだ。飼い猫でさえ未熟児には授乳しない。

これは俺の経験から来てるんだけど、すごい奴っていうのはそいつに何か例えば才能みたいのがべたっとくっついているんんじゃなくて、何か欠けてる場合の方が多いんだ。

映画が失敗してからカナダから帰るまでゼロとフルーツは音信が途絶えたままだった。相手も寂しかったのだとわかって、フルーツは嬉しかったのだろう。

完全失業率が4.5%を越えたことを示すように

労働力人口(15歳以上の働く意欲のある人)のうち、完全失業者(職がなく、求職活動をしている人)が占める割合。
2020年4月 日本 2.6% アメリカ 14.7%
2020年5月 タイ 9.6%
今のタイは、この物語で描かれている日本よりも数字は悪い。タイの場合は、田舎では飯が食えてしまうのだろうか。だとすると職についていなくてもひょっとすると幸福に暮らしていくことができるのかもしれない。

誰でも幸福になることはできる、だが貧乏人には快楽はない、民主主義の世の中でもそれは同じなのに、今の貧乏人は幸福だけでは足らないみたいで快楽を得ようとしている、そんなもの絶対手に入りっこないのにな…。

麝香(じゃこう)

男達は共同で獲物を追い、女達は子供を育てながらその帰りを待っている、生活がそのままよろこびとなるような社会だ、

人間は、いやなことをやっていくと、必ず病気になって、生きのびることができないようなからだの仕組みになってるんだ

だがこの頃すでに俺とゼロは時田史郎を逆に利用し続けるための話し合いをたびたび持った。将来面倒なことになるような契約は交わさないといった程度のものだったが、

自殺なんかした奴のことっは忘れた方がいいぞ

山岸良治が話の途中で俺から視線をそらすのは、照れだ。

経営者の特質は白痴性と情緒的なことだ、といつかゼロは言った。

ボクは若い頃白痴性を持っていて、情緒的だったが、今はそうではなくなったと思っている。ゼロのいう経営者の特質は持っていないかもしれない。

繰り返すが

大切なことは繰り返そう。

テロル

暴力行為あるいはその脅威によって、敵対者を威嚇 (いかく) すること。恐怖政治。テロ。

科学的で、単純なものでなければならない

恐怖に勝てるのは興奮だけなんだよ

トウジ、いいか? 今の父系社会っていうのは本当はすごく不自然なんだ、母系社会の方が自然なんだよ、

タイの一般層は母系社会に見えるよな。政治家なんかは別だけど、インラックって女性首相はいたな。タクシンの娘だから操り人形なのか何かしらないけど。

母系社会っていうのは生まれてくる子供の父親が誰だかわからない社会だろ?

奢侈品

しゃしひん – 必需品以外の物。ぜいたく品。

だまされてこき使われるためだけに生きてる奴がいっぱいいる、そいつらに邪魔されずに生きなきゃだめだってね

「裏切るってのはどういうことかな」
「価値観とか態度を兵器で変えてしまうんだ」
「誰だって変える時はあるよ」

いいか? 好き嫌いってのは一番大事なんだ、それはもう理屈じゃない、カレーライスが好きだっていうのもバーボンが好きだっていうのも、絶対に説明がつかないことなんだよ

「人を裏切るのは気分が悪いものだ、そうだよな、誰だって人を裏切るのは嫌いなはずだ、だから嫌いなことを普段やっていないやつ、つまり奴隷じゃない奴は、とりあえず信頼できるんだ」

威す

おどす

飢えは、それが強烈であればあるだけ、僅かでも充たされると喜びに変わる。そういう人間は他人と契約で付き合おうとするから確かに経営者に向いているかも知れない。だがその程度では経営する企業を巨大にすることは出来ない。巨大企業の経営者はすべてに恵まれていなくてはいけない。リスクを負ってはいけない。

男の容量を決定するのは、その二つだ。情報と、快楽。

金持ちはケンカをしない。ゆう然と見ているだけだ。

完璧だよ、みんなプライドを持ってる、プライドを持った人間は強いよ、まあ、うまいものも時々食わせてるしさ、女は厳禁だけどね、

努力して手に入れるものに価値があるというのは、芸術家とスポーツ選手にだけ言えることで、貧乏人には当てはまらない、嘘なんだ

山岸良治は俺と同じで、人間の集中力・闘争心も地球の資源も、有限なのだと知っている世代なのだ。

小綬鳥 

こじゅけい

契約だ、相互依存のシステムを作っておけば、侵略は起きない、政治のい・ろ・は、だよ、

話し合いにおいては情報の多い方が勝つとは限らない。だが使い方を心得ていれば、情報の多い方が圧倒的に有利だ。

いや、予算案とASEAN会議で忙しくて、下らないんだが、これが仕事でね、

アストラカン

アストラハン地方に産するカラクール種の子羊の毛皮。 柔らかい巻き毛が特徴。 また,それに似せてつくった毛長のパイル織物。

クロポトキン

ピョートル・クロポトキン

身近な人間が死ぬのは悲しいことだが、物理的に灰になってしまえば忘れることができる、発狂者は生き続けるからな、忘れれないんだ、こんなに悲しくて憂鬱なことはない…。

認知症の親と近いものがある。

ロボトミー

英語から翻訳-ロボトミー、またはロイコトミーは、精神外科の一種であり、脳の前頭前皮質の接続を切断することを含む精神障害の神経外科的治療です。脳の前頭葉の前部である前頭前皮質との接続のほとんどは切断されています。 ウィキペディア(英語)

すごい事件が。
https://ja.wikipedia.org/wiki/ロボトミー殺人事件

ジョナス・メカス、ケネス・アンガー

俺達はすべての不安をとり除いてやり、人格を認めてやり、必要な存在なのだとおだてあげ、仲間として共有した甘美な過去を思い出させてから、発狂させた。精神的拷問の常套手段だ。

「男と女って、尊敬し合うものなのか?」

オショロコマ

お箸以外は持ったことないいうのは、成金の子供だけだわ、本当の財閥は、ちゃんと生きていけるようにしっかり教育するのよ」

天才的な宣伝家がいなければ権力は固まらず、維持できない、あんたにはゲッペルスが必要だ、いるか?

目の前に浮いているくそみたいにふやけたオレンジを食え、

骨髄を吸った

ラップ人